3月7日。言葉が開けた小さな通路
- 3月7日
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多和田葉子『言葉と歩く日記』(2013)を読みながら、電車に揺られていました。
多和田葉子は、日本語とドイツ語で書くエクソフォニーの作家です。ヨーロッパ各地を朗読で巡る日常を綴ったこの日記の原稿は、鉛筆で書かれたのだといいます。
パソコンのキーボードではなく、原稿用紙に鉛筆で一マスずつ文字を埋めていったというのです。丸くなった芯を鉛筆削りで削りながら書かれた文章だと知ると、読むこちら側も、印刷された文字の奥から肉筆の声が聞こえてくるように感じられます。
読むうちに、わたしが鉛筆を握ってドローイングをするときの、あの感触を思い出しました。芯を削り、尖らせ、紙に触れた瞬間から始まる、四方八方へと広がる三次元的な空間のことを。
日記には、飛行機でヨーロッパの各地を訪れる描写が出てきます。その移動の感覚と、日本語とドイツ語のあいだを行き来する言葉の越境の感覚。
語源や語感、意味という深い森の中をたわむれるように綴られた文章が続きます。
ページから目を離し、「いま」という現実へ視線を戻すと、世界情勢はさらに緊迫しています。イランでは死者が千人を超えたというニュース。イランに暮らす人々。空爆、爆破、撃沈——。

制作中のパネルに勢いが戻ったのは、スティーヴン・ミルハウザーの短編集『高校のカフカ、一九五九』(2025)に収録された『影劇場』を読んだ直後でした。
この物語を読みながら、シルエット、影絵、影の世界、陰影、曖昧さ、灰色、霧。そうした言葉が連れてくるイメージの重なりが、それまで描いていた画面に、もう一度筆を入れるきっかけになったのでした。
行き止まりのように思えていた地点から、まだ先に続く道があることを確かめ、駒を進める。
ここから先、蛇行しながら筆を入れ、自分でもまだ見たことのない景色まで辿り着いてみたい。そんなふうに思える、気負わない手応えを感じました。
言葉が開けた小さな通路の先に、まだ見ぬ画面が待っている気がします。
今日はそこへ向かって、もう少しだけ筆を進めてみます。
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3月6日更新📝【note:もうひとつのブログ】
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