何も書けない日|365日書いて気づいたこと
- 2月14日
- 読了時間: 3分
更新日:2月15日
📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。
2月も半分を過ぎようとしていますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
毎日このブログを書き続けるなかで、ふと気づいたことがあります。
それは、1年365日書いてきたからこそ見えてきた感覚なのですが——

ブランクを書けるように、なりたい
何も書けない日。
特に話題がない日。
展覧会を見たとか、刺激的な出来事があったわけでもない日。
そういう「空白のような一日」のほうが、意外と日記として記憶に残るのではないか、ということをふと、考えました。
記念日やイベントのある日は、その瞬間はとても印象的ですが、それ以外の、何も起こらなかったような日は、あとから振り返ると、静かに心に残っていることがあります。
毎日が大きな出来事で満たされているわけではなく、
小さな感情のさざ波に揺れながら過ごしている日々の中で、
言葉にできない日。
言葉に詰まってしまう日。
あえて言葉にしたくない日。
そういう日が、確かにあります。
それは「毎日書かなくては」という習慣とは別に、
「何も書きたくない」という選択があってもいい、ということでもあり、
その状態を、無理に言葉にしなくてはいけないのか、という矛盾のようなものも感じています。
絵であれば、塗り残された画面や、手のついていないキャンバスという形で
“何も言えない感動や虚脱状態”を視覚的に示すことができます。
けれど文章の場合、その空白や言葉の詰まりを、結局はキーボードで打ち続けることでしか表せない。
どう打つのか。どこで止まるのか。
それ自体が、「書けない日」の中にある書かずには伝わらないことなのかもしれません。
小説には、文字のないページはありません。
空白や感情の波、言葉にしにくい気持ちは、作家の手によって文字に蘇ります。
そんなふうに、私のこの日記にも、
言葉にならない感覚を言葉にして伝えないと伝わらないという感覚があることを
描きだしたい。
毎日書き続けると、ぼんやりとキーボードの前に座り続けてしまう日や、
何も書けない日の「ブランク」そのものが、
日記にとって、とても大切な時間なのかもしれない——
そんな新しい気づきを得た一日です。
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2月10日更新📝【note:もうひとつのブログ】
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