オスジェメオスOSGEMEOSの〈黄色〉が問いかける──ストリートアートとアイデンティティの境界
- 10月29日
- 読了時間: 4分

いつもありがとうございます。今日は手を動かす作業から離れ、美術鑑賞で得たインスピレーションについてお話ししたいと思います。
先日、渋谷のワタリウム美術館で開催中の「オスジェメオス+バリー・マッギー One More 展」を観に行ってきました。
ストリートカルチャーの熱量と「黄色の顔」
以前、現代アートの書籍でブラジル出身の双子の兄弟、オスジェメオス(OSGEMEOS)の名前を知りました。実際に彼らの作品を体験してまず感じたのは、「ストリートカルチャーの圧倒的な熱量」でした。
美術館の壁面全体にペイントが施され、展示室自体がひとつの街のように変貌していました。その場で生み出されるエネルギーを体全体で感じることができ、普段の静謐な制作時間とは全く異なる種類の創造性に触れました。
特に印象的だったのは、彼らが描く人物の顔の色が、一貫して「黄色」であることです。
私が夏のグループ展で描いた女性像は、肌の色に白や肌色を用いていました。しかし、オスジェメオスの人物たちはすべて黄色。それは彼らの作品に共通する、強烈なアイデンティティであり、視覚的な記号でもあります。
この「黄色」という表現は、ストリートアートという文化を超え、作品を観る人の感情や体験、熱狂といった「内面の色」を映し出しているように感じました。
体験型の鑑賞と「境界線」の考察
展示は、絵画やグラフィティだけでなく、レコードが並ぶ部屋や、アニメーション作品の部屋もあり、非常に体験型でした。
この展覧会は、美術館という「規範的な場所」の中に、グラフィティという「非規範的な表現」を持ち込むことで、芸術における「境界線」について深く考えさせてくれました。
ストリートアートは、社会的な背景や政治的なメッセージを、誰にでも見える形で表現する力を持っています。その表現を生で「観る」のではなく、「感じる」ことができた、貴重な鑑賞体験でした。
制作へのフィードバック
今回の鑑賞を通じて、私は改めて以下のことを考えました。
アイデンティティとしての色: 私の制作における「色」の役割を、単なる写実性から、内面のテーマを象徴する「記号」へと昇華させる可能性。
熱量の封じ込め: ストリートアートのような瞬間的な熱量を、いかに静謐な版画やコラージュの中に閉じ込めるか。
鑑賞体験の設計: 作品を観る人に、単なる美しさだけでなく、彼らが美術館の壁面を使ったように、空間全体、あるいは時間を超えた体験を提供できるか。
📌 会員限定記事として深掘りします
この美術鑑賞レポート(オスジェメオス+バリー・マッギー展)は、11月1日リニューアル後の会員限定記事として、より詳細に深掘りして公開する予定です。
そこでは、以下のテーマを中心に書いていきます。
「肌の色の選択」に潜む、無意識の偏見と可視化の可能性
ストリートアートとポップカルチャー、ハイ・アートの間にある境界線
技法やジャンルの垣根を低くし、空間全体を構成するインスタレーションの必然性
これらを通して、「色」や「空間」からどのように“現代のリアリティ”を導けるのか——制作と鑑賞が交差する地点を丁寧に綴っていきたいと思います。
💬 次回予告
有料記事では、オスジェメオスの「黄色の顔」を手がかりに、“見えない偏見”と“見える意識”のあいだを考察します。現代アートがどのように社会や個人の内面を映すのか、自分の作品にどう返していけるのかを具体的に掘り下げていきます。
【オスジェメオス+バリー・マッギー One More 展】
ワタリウム美術館
2025年10月17日ー2026年2月8日
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