「幻の展覧会」を図録で辿る──バリー・ジュール・コレクションによるフランシス・ベーコン
- 1月9日
- 読了時間: 7分
更新日:1月29日
📍いつもブログを読んでくれてありがとうございます。
非常に冷たく、身を刺すような寒さが続いています。
この張り詰めた空気も、1月ならではの感覚だと感じながら、最近購入した公式図録兼書籍をご紹介します。
今回取り上げるのは、『バリー・ジュール・コレクションによるフランシス・ベーコン』
2021年、神奈川県立近代美術館 葉山と松涛美術館で開催された展覧会の公式図録です。
💬フランシス・ベーコン バリー・ジュール・コレクションによる (展覧会公式カタログ)

「幻の展覧会」と呼ばれる理由
――2021年、コロナ禍が奪った鑑賞体験
この展覧会は、しばしば「幻の展覧会」と呼ばれています。
その背景には、2021年という時代特有の状況がありました。
新型コロナウイルスの感染拡大により、緊急事態宣言が繰り返し発令され、美術館の開館自体が不安定な時期でした。
展覧会は開幕したものの、会期の大半が休館を余儀なくされ、多くの予約者が実際の鑑賞を断念せざるを得ませんでした。
海外から招聘された貴重なコレクションでありながら、誰もいない展示室に作品だけが静かに並ぶ光景は、美術界における象徴的な出来事として報じられました。
その後、再開された際も徹底した予約制と厳しい入場制限が敷かれ、実際に展覧会を体験できた人はごく限られています。
こうした状況が重なり、この展覧会は「見ることができなかった展覧会」として記憶され、結果的に伝説化していきました。
💬コロナ禍で1月12日(火曜)-3月21日(日曜)は臨時休館。
💬松涛美術館は臨時休館からの閉幕。
バリー・ジュール・コレクションの衝撃
――ベーコンが隠してきた制作以前の痕跡
この展覧会が決定的に重要だった理由は、開催状況だけではなく、展示されたコレクションの内容そのものにあります。
フランシス・ベーコンは生前、
「私は素描を描かない」「写真や資料はすべて捨てる」
フランシス・ベーコン バリー・ジュール・コレクションによる (展覧会公式カタログ),求龍堂,2021,p.15
と語り、自身の制作過程を徹底して秘匿してきた作家でした。
しかし、晩年の親友であり遺産を託されたバリー・ジュール氏のもとには、その言葉を覆すような遺品が残されていました。
雑誌、写真、そして描き殴られた線
――キャンバス以前の思考の痕跡
展示されていたのは、ボクシング雑誌、報道写真、医学資料など、日常的な印刷物の数々です。
それらの上に、オイルパステルや鉛筆で直接描き殴られた線。
切り刻まれ、汚され、重ねられたイメージ。
それは「下描き」と呼ぶにはあまりに生々しく、同時に、キャンバスに至る前の思考と身体の運動をはっきりと伝えるものでした。
図録中でも触れられているように、ベーコンはバリー・ジュール氏に対し「私は素描を描かない」と語っています(p.15)。
けれども、ここに示されているのは、描かないと言いながら、確かに存在していた制作以前の行為です。
歪みが生まれる、その手前で
――図録を通してしか辿れない領域
どのように歪みが生まれ、どの段階で像が壊され、どの瞬間に次の絵画へと変換されていくのか。
このコレクションが示しているのは、完成作品の解説ではなく、絵画が立ち上がる直前の、不安定で未分化な領域です。
多くの人が実際には目にすることができなかったこの展覧会は、皮肉にも、図録というかたちを通して、より深く、より静かに思考される対象になったのかもしれません。
図録という「見る行為」の継続
会場で作品と対峙することが叶わなかったからこそ、ページをめくり、時間をかけて追体験するという行為が、この図録には強く要請されています。
「幻」と呼ばれた展覧会は、図録という媒体を通じて、今もなお、別のかたちで鑑賞の時間を更新し続けているように感じられます。




