失われるかもしれない音に、耳を澄ます12月の散歩
- 2025年12月14日
- 読了時間: 4分
📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。
12月も半分を過ぎようとしています。
皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
体調を崩されてはいないでしょうか。
インフルエンザが猛威を振るい、学校では学級閉鎖の話も聞くようになりました。
今日はそんなウイルスを寄せ付けない健康な身体でいるために始めた、散歩中に気付いたことをお話ししたいと思います。
💬最近始めた朝の習慣について書いています

鳥の声と、足音と、朝陽
私は最近、朝と昼過ぎ、1日に二度散歩をするようにしています。
特に朝の散歩は、空気が澄んでいて、歩いているだけで頭の中が少しずつ整っていく感覚があります。
歩きながら、ふと気づいたことがあります。
それは、鳥の声です。
とくにスズメの鳴き声が、思っている以上にはっきりと耳に入ってくるのです。
昇る朝陽を正面に見ながら歩き、鳥の声を聞き、自分の足音や衣擦れの音を感じていると、「ああ、今、自分はここにいるのだな」と実感します。
「明日、失われるかもしれない」と想像すること
それはごく当たり前の日常の音です。
けれど、その音が、もし明日失われてしまったら──そんな想像をした瞬間、今聞いている音が、急にとても尊いものに感じられました。
なぜ、そんな想像をしてしまうのか。
強烈に美しい朝陽のせいかもしれません。
生きていると、特別なきっかけがなくても、不安や恐れがふっと顔を出すことがあります。
普段は意識していない、心の奥に沈んでいる感情が、何かの拍子に浮かび上がってくる。
理由もなく胸がざわついたり、言葉にできない不安に包まれたりすることは、誰にでもあるのではないでしょうか。
不安が浮かび上がる瞬間に
そんなとき、今見えている風景や、聞こえている音を「失われるかもしれないもの」として想像すると、胸が詰まるような感覚になります。
同時に、この世界が、そして自分がここに存在していること自体が、苦しいほどに愛おしく感じられる瞬間があります。
いま、ここにあるものへ目を向ける
12月という季節は、どこか感傷的になりやすい時期なのかもしれません。
一年の終わりが近づき、別れや区切り、環境の変化を意識することが増えるからでしょうか。
私自身、この時期になると、「今あるもの」と「失われるかもしれないもの」について考えることが増えます。
ただ、その感傷は、決して暗いものばかりではありません。
むしろ、不足を数えるのではなく、今すでに手の中にあるものに目を向け直すきっかけになっているように感じます。
朝の散歩で聞く鳥の声。
冬の冷たい空気。
何気なく歩いている道。
自分の足音。
どれも、特別なものではありません。
けれど、それらが確かに「今ここにある」ことに気づいたとき、生きていることの不思議さや、世界のきらめきのようなものを、ほんの一瞬ですが感じることがあります。
生きているという実感
忙しい日々の中では、こうした感覚はすぐに流れていってしまいます。
それでも、立ち止まって耳を澄ませたり、目の前の風景を少しだけ丁寧に見つめたりすることで、自分が世界とちゃんと繋がっていることを思い出せるような気がします。
12月は、体調も崩しやすく、気持ちも揺れやすい季節です。
皆さまもどうぞ無理をなさらず、今あるものを確かめるように、静かな時間を過ごしてみてください。
今日も、あなたの周りにある何気ない音や風景が、そっとあなたを支えてくれているはずです。
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