2026展覧会レポート#17|岡田謙三 パリ・目黒・ニューヨーク
- 3月13日
- 読了時間: 6分
更新日:3月15日
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絵を前にして、ふと自分の呼吸を意識する瞬間があります。
目黒区美術館で開催中の「岡田謙三 パリ 目黒 ニューヨーク」展は、そういう体験をもたらす展覧会でした。
画家・岡田謙三(1902–1982)の名を知らなくても、最後の展示室を出る頃には、その軌跡が自分のなかに沈んでいます。
パリ、目黒、ニューヨーク――三つの都市を渡りながら半世紀以上をかけて築かれた作風の変遷を、時系列に沿って丁寧にたどる構成になっています。
岡田謙三とはー展覧会概要
1920年代のパリと1950年代以降のニューヨーク、この二つの都市で創作活動をし、さらに1935年には目黒区自由 が丘にアトリエを構えて活動した画家・岡田謙三(1902-1982)。その作風はこれらの都市での経験に影響を受けながら形作られていきました。
岡田は、東京美術学校(現 東京藝術大学)入学から約2年後の1924年にパリへ渡ります。第一次世界大戦終結により、世界各国から芸術家が集い、活気に満ちたパリでの日々は、若き日の岡田にとって全てが新しく、視野の広がる経験となりました。モンパルナスのカフェなどに集まって議論していた芸術家たちの仲間に加わり、後に確立する抽象的な作風の基礎となる考え方にも触れ、さながら「心の訓練のようだった」と振り返っています。
1927年の帰国後は、戦前から戦後にかけての時代のうねりの中で、これまで培ってきた技巧や様式から離れ、新たに実験の日々を積み重ねていきます。戦後早々に見据えていた渡米を1950 年に実現させると、ニューヨークでは抽象表現主義の画家と交流を持ちながら、やがて、淡い色面を組み合わせる独自の作風を確立させました。自身の根源的な感性への回帰の中に築き上げた静謐で力強い表現は、パリとニューヨーク、そして目黒のアトリエでの模索の日々を抜きに語ることはできないでしょう。 本展は、岡田の画風の変遷を三つの都市での経験からたどります。

第一会場:パリから目黒のアトリエへ
油彩の重さ、モンパルナスの熱気
東京美術学校(現・東京藝術大学)入学から約2年後の1924年、岡田はパリへ渡ります
。第一次世界大戦の終結とともに世界中から芸術家が集まり、活気に満ちていた時代。フェノロザ、カンピーリ、キンターナ、マノーロ、ジャコメッティ――そうした面々もモンパルナスに集い、カフェでは夜ごと議論が交わされていました。若き岡田もその輪の中に加わり、後に確立する抽象的な作風の基礎となる考え方に触れていきます。その時間を「心の訓練のようだった」と後に振り返っています。
パリ時代の展示には、暖色系の茶と赤の色調で描かれた女性像や風景画が並んでいました。画面に近づくと、パレットナイフの跡がくっきりと残っているのがわかります。
油彩の重厚さ、粘り、照り――絵の具そのものの質感が画面から溢れ出るようで、パリの劇場の空気や室内の光が小さな画面に閉じ込められているようでした。

第二会場:戦時中 中国大陸や疎開先の風物
1940年代、多くの日本人画家が東アジアを描いた時代、岡田も戦争記録画《群像習作》(1943年)を発表します。横長の大判作品に、疲れ果てて座り込む男女と子どもたちが描かれています。肩を寄せ合い、大地に沈み込むような暗い色調。近づいてみると、パレットナイフで刻み込むような荒々しいタッチと、麻の目が透けて見えるほどラフな筆致が混在しています。その緩急が画面全体に張り詰めた空気を生み出しています。同年に制作された藤田嗣治《アッツ島玉砕》を自然と連想しました。
終戦後、目黒のアトリエで精力的に制作を続けた岡田の作品に、変化の兆しが現れるのが《シルク》(1947年)。油彩の重量感や人物の存在感よりも、色彩の明るさ、面による構成、線の簡略化が前に出てきます。渡米を視野に入れながらの、意識的な転換だったのでしょう。
一点一点を順番に追うことで、変化の過程が身体でわかる。これは展示を実際に歩いてこそ得られる体験です。《五人》(1949年)以降、岡田の絵画はいよいよ「ユーゲニズム(幽玄)」と評される固有のスタイルへと向かっていきます。

第三会場:ニューヨークへの挑戦
色と形だけの、静かな世界
1950年、岡田はグリニッジ・ヴィレッジに居を構え、制作の合間にギャラリーへ通い続けたといいます。マーク・ロスコ、クリフォード・スティル、マーク・トービーら抽象表現主義の作家たちの作品を前に、当初は理解できず苦悩したと回想しています。
その苦悩の先に何が生まれたか――それが第三会場に展示されています。
2メートルを超える大型作品が並ぶ空間に入ると、空気が変わりました。重厚で抑制されていた色彩と、人物という名のあるモチーフは消え、代わりに淡い色面と形だけが静かに広がっています。ところどころに感じられる扇、梅、竹といった日本的なモチーフのリズムと、横に広がる画面は絵巻物を見ているようです。
気づけばその場に佇み、自分の呼吸が落ち着いていくのを感じました。

最後の展示室:遊ぶ手、軽やかな実験
最後の展示室では、画材や素材、コラージュ、フロッタージュ、エスキース、パッケージデザインや、アトリエの映像も流れていました。この部屋が、展覧会の中で最後に肩の力を抜いて見れるスペースでした。
ピンでつくったおもちゃのようなオブジェ、包装紙や折り紙をセロハンテープで気軽に貼り合わせたコラージュ、心のままに手を動かしたようなフロッタージュや押し花、切り絵。「実験」という言葉では少し重すぎる、もっと軽やかで自由な手の痕跡がそこにありました。それらは大型絵画と断絶したものではなく、同じ感性から生まれたものとして自然につながって見えました。
余韻
鑑賞を終えて美術館を出たとき、外の空気をひと呼吸しました。岡田謙三の絵画は、私的な悩みや、世界で起きる出来事の重さに押しつぶされそうになるとき、静かにそばにあってくれる隅家だと思いました。騒がしく語りかけてくるのではなく、ただそこにあって、見る者の呼吸をゆっくりと取り戻させてくれる。
三つの都市を渡り、半世紀かけて辿り着いた静謐。
目黒川沿いに桜が咲くころもう一度、足を運びたい展覧会でした。
【岡田謙三 パリ・目黒・ニューヨーク】
会期:2026年2月21日(土) - 5月10日(日)
会場:目黒区美術館
開館時間:10:00 - 18:00
入場料:900円
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