2026映画鑑賞レポート#01|私たちが光と想うすべて
- 1月18日
- 読了時間: 10分
更新日:1月29日
📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。
某日、今年初めての映画鑑賞に出かけました。
選んだ作品は、インド映画『私たちが光と想うすべて(All We Imagine as Light)』。
2024年・第77回カンヌ国際映画祭グランプリを受賞した作品です。
鑑賞前は、「カンヌのグランプリ作品」という情報以上の予備知識はほとんどありませんでした。
しかし観終わったあと、心の奥に小さな部屋があり、そこにやわらかな光が灯り続けているような感覚が、長く残りました。
💬第77回カンヌ国際映画祭でインド映画史上初のグランプリを受賞、新鋭パヤル・カパーリヤー監督初長編劇映画。

物語らしい物語を持たない映画
この映画には、劇的な事件や明確な起承転結がほとんどありません。
舞台は現代のインド・ムンバイ。
看護師として働く二人の女性が、同僚であり、ルームメイトとして日々を共にしています。
一人は、結婚してすぐに夫が海外へ働きに出てしまい、連絡も途絶えがちなまま、宙づりの結婚生活を送る女性。
もう一人は、彼女より若く、明るく自由な気質を持ち、親が望むお見合い結婚を拒みながら、恋人との関係を続けている女性です。
世代も性格も異なる二人ですが、親世代から受け継がれてきた価値観や社会的な圧力の中で生きているという点では、同じ地平に立っています。
ありのままでいたい気持ちと、逃れられない現実
ありのままでいたいと願う気持ち。
しかし、ありのままでは生きられないという現実。
この映画は、その間で揺れ続ける女性たちの姿を、声高に主張することなく描いていきます。
二人の関係は、対立として描かれることはありません。
むしろ、互いの心情の変化や、わずかな歩み寄りによって、心の距離が少しずつ変化していく様子が、静かに示されていきます。
タイトルにある「光」とは何か
本作を読み解くうえで欠かせないのが、タイトルにある「光」という言葉です。
スクリーンには、さまざまな光が映し出されます。
高層ビルの部屋の明かり
スマートフォンのライト
夜の街のネオン
祭りの照明や花火
海に反射する光
彼女たちの瞳
なかでも印象的なのが、夫から届いたであろうドイツ製の炊飯器が放つ、どこか無機質な光でした。
これらはすべて、物理的に「見える光」です。
見えない光としての人間関係
一方で、この映画がより深く描いているのは、見えない光です。
それは、ルームメイトという存在であり、友人であり、恋人であり、同じ境遇を生きる仲間とのつながりです。
物を照らす光ではなく、心の拠り所としての光。
登場人物たちが「光だと信じているもの」が、人と人との関係性として、静かに浮かび上がってきます。
光は、必ずしも希望だけを意味しない
さらに印象的だったのは、母親という存在の描かれ方です。
母親は、支えであると同時に、逃れられない重さを伴う存在として現れます。
この映画において、光は単純な希望や救済ではありません。
光には、温かさと同時に、重さや痛みも含まれている。
その複雑さこそが、本作の大きな魅力だと感じました。
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❓ここから先を読む前に、ひとつ問いを置きます。
あなたは、人生の中で「何かが決定的に変わった瞬間」を、はっきりと物語として語れるでしょうか。
多くの場合、私たちの人生は、劇的な転換点よりも、誰にも気づかれない小さな揺らぎの積み重ねで形づくられています。
この映画が描いているのも、まさにその「語られにくい部分」です。
ここから先では、『私たちが光と想うすべて』がなぜ静かで、なぜ余韻だけが長く残るのか、その理由を、描かれなかったものを手がかりに読み解いていきます。
【会員限定|鑑賞レポート】
描かれなかった二つのもの
描かれなかった「暴力」と、身に覚えのある感覚
この映画を観終えたあと、なぜこれほど穏やかな光が心に残ったのか。



