なぜ観測する側に立とうとするのか
- 2月22日
- 読了時間: 2分
📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。
針と糸の制作とは別の制作を開始しました。
現在、制作は再び10点単位で構成し始めています。
サイズは300×350mmです。いまは4点を同時に進めています。
💬針と糸の制作の記録

今回絵筆を握ったのは、社会的な緊張から来た「態度」に関心があったからです。
侵食する力があり、それを見ている人々がいます。
しかし私は、さらにその奥にある構造を可視化したかったのです。
なぜ私たちは見届けようとするのでしょうか。
なぜ受動でいることができないのでしょうか。
客観であろうとする姿勢は、本当に中立なのでしょうか。
むしろそこには、「自ら情報を取りに行かなければならない」という能動性が潜んでいるのではないかと感じています。
画面の中では、色彩が強く衝突しています。
それは感情の爆発ではありません。
思想的な対立でもありますが、それ以上に、観測する側の緊張を可視化したものです。
侵食を描いているようでいて、実際には侵食を見に行く視線を描いています。
立場は当事者ではありません。ですが、安全圏にもいません。
このシリーズがどこへ向かうのか。
破壊に至るのか、均衡を保つのか、あるいは未決のまま留まるのか。
いまはただ、観測する欲求そのものを確かめています。
2月の制作は始まったばかりです。
ですが、少なくとも一つだけ確かなことがあります。
受動ではいられないという感覚が、画面を動かしているということです。
BASEでは2026年カレンダーやポストカードやドローイング作品を取り扱っています。是非一度ご覧になってみてくださいね。
2月20日更新📝【note:もうひとつのブログ】
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写真を交え、わたしのアートについて発信しています。こちらも是非楽しんくださいね。




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