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描かない絵?名を変える作家?:続けるための実験

  • 11月15日
  • 読了時間: 3分

📍前回は「現代との見方」について考えましたが、今日は自分の制作を振り返ってみたいと思います。


前回の記事はこちらからご覧ください。


創作が停滞したとき、アーティストはどんな方向に進めばいいのか。 「描かない」ことや「名前を変える」ことを通して、自分の型を外し、新しい表現を模索する創作メモ。
私にとってアートとは、主に絵を描くこと?

私にとってアートとは、主に絵を描くこと、つまり紙やキャンバスに手を動かして表現することでした。


ところが最近、「もし手を使わずに描かなかったら、どんな表現が生まれるのだろう」と考えるようになりました。



制作を振り返るときに見えてくる「型」


絵の良し悪しは、どうしても技術や画材の選び方、訓練の積み重ねに左右されます。


けれども、それだけでは長く続けられない気もしています。

自分の中にあるものを出し尽くしたあと、何を引き出せるか。


「持っているもの」以外の可能性を探ることが、これからの制作のヒントになるのではないかと思うようになりました。



「描かない」ことで見えてくる新しい可能性


前回の個展では、ドローイングが自分に最もしっくり来ていましたが、それだけを深めていく方向と同時に、まったく別の方向も試していく必要を感じています。


たとえば、場所や空間そのものを使って、設置や仕掛けをつくること。あるいは「描く」という型や概念を一度外してみるような制作です。



名前を変えてみる——自分を超えるための実験


さらに最近は、自分の名前に縛られない創作についても考えています。


新しい作家名を使って別の表現を試してみること。


それは単なる遊びではなく、自分の中の固定観念をいったんリセットする行為です。


「自分」という殻を破らない限り、作品もまた同じ場所を回り続けてしまうのではないか——そんな思いがあります。


今までの自分のスタイルや評価から離れて、全く違う発想でつくること。


それはもしかすると、自分自身の“オルターエゴ”を使うことなのかもしれません。



🪞ミニコラム:オルターエゴとは


「オルターエゴ(alter ego)」とは、ラテン語で「もう一人の自分」「第二の自我」という意味です。


アーティストにとってのオルターエゴは、自分とは別の人格や視点を持って制作する分身のような存在


たとえば、デヴィッド・ボウイが作り上げた架空のロックスター「ジギー・スターダスト」や、村上隆の分身キャラクター「Mr. DOB」などがその例です。


名前を変え、別の人格として創作を行うことで、普段の自分では踏み出せない領域へと向かう。それは“自分を更新する”ための一つの方法でもあります。



自分の限界を超えるために、もう一人の自分を動かしてみる。


そう考えると、創作のエネルギーはまた新しい方向へと回り始めます。

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