2026展覧会レポート#37|ジョルジュ・ルオー アトリエの記憶@パナソニック汐留美術館
- 3 日前
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📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。
パナソニック汐留美術館で開催中「ジョルジュ・ルオー アトリエの記憶」展に足を運んできました。
正直に言うと、ルオーはこれまでどちらかというと苦手な画家でした。
くすんだ色調、デフォルマシオン(歪められた輪郭線)が醸す荒々しさ、人物表現の幼稚さとも受け取れる単純化。
そして、描かれる人物そのものがどうも性に合わなかった。
娼婦、道化師、キリスト――繰り返されるモチーフに、宗教臭さや説教臭さを感じていたのかもしれません。自分が美しいと思うものとは別のところに、ルオーはいる画家でした。
しかし今回の展覧会を出た後、自分の中で何かが刷新されていました。会場に入る前と出た後で、外の風景が変わって見える。そういう展覧会と久しぶりに出会いました。
アトリエの再現
門外不出の「聖域」が新橋に
展覧会最大の目玉は、ルオーが1948年から使用していたパリ最後のアトリエ(現ルオー財団)の一部再現です。
日本初の試みであり、本来は門外不出の実物の道具類が使われています。
半円形という珍しい形の机には、200本近くの筆と夥しい数の画稿。
よく見ると、絞り出して小さくなった絵の具がちびた鉛筆のように箱いっぱいに詰まっています。家族でさえ立ち入りを制限されていた「聖域」が、汐留のビルの一角に静かに広がっていました。
窓の外はパリの眺め。もしかしたら、パリで一番気持ちのいい季節――5月のある日の光かもしれません。
作品と対峙して
「裏側」が語るもの
本展で光る構成だったのは、作品の裏面まで見せるという展示の姿勢です。
ルオーは机に何枚もの紙を同時進行で広げながら制作を進めます。
そのため紙の裏には絵の具が飛び散り、偶然のほとばしりが刻まれます。
本展ではこの裏面を、壁に掛けるのではなくガラスケースに収め、表裏ともに鑑賞できるように展示しています。
出品証、付着した絵の具、拭き取られることなく残された制作の痕跡。
そしてルオーはその延長として、額縁やマットにまで色彩を施します。
絵と額が乖離することなく、ルオー流に「汚される」。
《クマエの巫女》《キリストとの親しき集い》《エジプト回避》では、ぜひ額とマットにも目を向けてみてください。
5章の構成で辿るルオーの軌跡
会場はビルの4階、フロアの一角という限られたスペースを5章に分け、全58点を展示しています。コンパクトながら、初期から晩年まで密度の高い内容です。
第1章:ルオーになる前の「基礎」
まず目を奪われるのが、美術学校時代のアカデミックな作品群です。
線描による《ウォルスキ王トゥルキスの館のコリオラヌス》を見ると、その確かなデッサン力にため息が出ます。パステルで描いた《人物のいる風景》(1897年、26歳)はモロー師事時代の作品で、レンブラントの再来とも呼ばれた時期のものです。
ダ・ヴィンチ的な陰影の扱い、色彩と形の抜群の基礎力と流れる空気の重さまで伝わってきます。
厚塗り前夜の傑作
《手品師またはピエロ》(1907年)は約43×33cmと小さいですが、筆致のビートを感じさせる確かなリズムと衝動性、それでいてどっしりとした安定感があります。野太い輪郭線はまだ現れず、形を探すような細い線が何本か引かれている。描き立てのような瑞々しさがあり、表面はキラキラと輝いていました。フォーヴ期の代表作《二人の娼婦》は裏表に描いた作品で、藍色と肌の色のコントラストが陶器の絵付けを連想させます。
これもまた、宗教画イメージのルオーとは別の魅力を持つ一枚です。
第3章:ヴォラール邸での制作
画商アンブローズ・ヴォラールはルオーの後援者であり、作品の管理者でもあった複雑な存在です。《キリスト》(1937-38年)は銅版画集「ミゼレーレ」の第二図を油彩に移したもの。晩年のマットでごつごつしたマチエールとは異なる、透明感と輝きを持った表面が印象的でした。
版画のコーナー
ここでぜひ触れておきたいのが「ミゼレーレ」という作品集です。
全57点からなるこの銅版画集は、第一次世界大戦の惨禍を背景に、1914年から1927年にかけて約20年の歳月をかけて制作されました。
主にドライポイントとアクアティントを用いた単色表現で、ルオーが色彩を手放したとき、いかに黒と白の間に豊かな世界を宿せるかを極めた仕事です。
刊行物としての「ミゼレーレ」は65.5×50.0cmという大判で、画集というよりはひとつの彫刻作品のような分厚い体積を持ちます。
個人で所有するには場所を選ぶほどの存在感で、希少性は通常の画集を大きく上回ります。本展ではその版画10点を見ることができます。
黒と白の二値ではなく、その間に滲む人生の悲哀と温もりを、ルオーは太い輪郭線と簡略化したかたちで閉じ込めています。
色彩を持たないはずの版画が、確かな重さと感触を持った平面として迫ってきます。
第4章:1940〜50年代――最後のアトリエで生まれた作品たち
晩年のルオーが最後のアトリエで手がけた作品が並ぶこの章は、展覧会の中でもとりわけ静かな空気が流れていました。
《老兵(アンリ・リュップの思い出)》(1946年頃、油彩/板に貼られた紙、45.0×30.5cm)は今回の新収蔵作品です。アンリ・リュップはルオーの実在の友人で、ルオーの死後にルオー美術館の初代館長を務めた人物です。
目を閉じ、頭を垂れた姿は、瞑想しているかのような静謐さをたたえています。そしてわたしには、ルオーが繰り返し描いてきたキリスト像とどこか重なって見えました。宗教的な題材ではなく、一人の友人の肖像でありながら、画面の前に立つと自然と気持ちが落ち着いていきます。絵の中に引き込まれるように、没入していきました。
収蔵作品初出品《モデル、アトリエの思い出》
今回の展覧会チラシにもなっているこの作品(1845/c.1950)は、ルオーが生涯手元に置いた一枚です。美術学校時代に描いたカンヴァス作品に、後年加筆しました。
男性モデルの顔に大胆にさっと塗られたバラ色の絵の具が、その加筆の痕跡です。
ルオーには珍しいカンヴァス地で、時間の層が重なった特別な存在感があります。
画家が生涯手元に置いた理由は何だったのでしょうか?
美術学校時代の記憶を忘れないため?師モローとの思い出のため?
2015年以来のルオーとの再会
2015年にも同じ会場で「ルオーとフォーヴの陶磁器」展を鑑賞したことがあります。
そのときはルオーの絵付けの味わいがよくわからず、宗教臭い、説教臭いという印象が先立っていました。今回出品されていた壺作品《水浴の女たち》(1909年)は当時も見ていたはずですが、ほとんど素通りしていたと思います。
あれから11年。今回は、自分でも驚くほど見方が変わっていました。
デフォルマシオンも原色も、マットな質感も粗野な輪郭線も、何一つ欠くことのできない美の要素として機能していました。
会場を出て、景色が変わる
誰かにとっていい展覧会の基準は何だろう?
作品を見た後で外の風景が変わって見える。
それまで曇っていたことすら気づかないレンズ。それがさっと拭かれて、世界が少し違って見える。
そういう体験をもたらしてくれる展覧会が、わたしにとっていい展覧会の基準です。
今回の「ルオー アトリエの記憶」展は、まさにそういう展覧会でした。
同時に、自分自身の制作に向かうモチベーションも上がりました。
皆さんが会場に入るときと出るときで、景色が変わるという体験をした美術展はありますか?
【ジョルジュ・ルオー アトリエの記憶】
会期:2026年4月11日(土)〜6月21日(日) 会場:パナソニック汐留美術館 開館時間:午前10時〜午後6時(最終入館17:30) ※5月1日、6月5日・19日・20日は夜間開館(午後8時まで、最終入館19:30) 入場料:1,200円
🪞会場構成・主な作品リスト
♦会場構成
第1章
国立美術学校時代―ギュスターヴ・モローのアトリエ
1890年代 初期作品群と師モローの影響
第2章
フォーヴ時代―画家仲間との共同アトリエ
1900年代 娼婦・道化師・裁判官などの主題
第3章
1920〜30年代―アンブロワーズ・ヴォラール邸での制作
画商ヴォラール邸に間借りしていた時代の作品
第4章
1940〜50年代―最後のアトリエ
晩年の傑作群とアトリエ再現展示
★ 展覧会最大のハイライト:アトリエ再現(机・画材・画稿すべて本物)
♦主な作品
No.42
《モデル、アトリエの思い出》★ 初出品
1895年/1950年頃 油彩、インク、グワッシュ/カンヴァス 81.3×65.1 cm
モローの教室の記憶を50年後に描き直した特異作
No.37
《老兵(アンリ・リュップの思い出)》★ 新収蔵
1946年頃 油彩/板に貼られた紙 45.0×30.5 cm
No.38
《クマエの巫女》
1947年 油彩/紙(板裏打ち) 53.2×37.8 cm
No.40
《キリストと漁夫たち》
1947年頃 油彩/厚紙(板裏打ち) 57.8×74.7 cm
No.39
《飾りの花》
1947年 油彩/紙(麻布裏打ち) 56.0×40.1 cm
No.44
《秋の夜景》
1952年 油彩/紙(麻布裏打ち) 74.8×100.2 cm
No.46
《エジプトへの逃避》
1952年 油彩/紙(板裏打ち) 39.0×33.5 cm
No.47
《マドレーヌ》
1956年 油彩/紙(麻布裏打ち) 49.1×34.2 cm
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