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2026映画鑑賞レポート#08|トイ・ストーリー5

8月19日
読了時間: 3分

📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。


夏休み、多くのアニメーション映画が公開されています。その中でシリーズ5作目、30年の集大成ともいえる『トイ・ストーリー5』を見てきました。

子どもには楽しい冒険物語として、大人には「時代の変化」と「変わらない友情」を描く作品として響く作品になっていました。



『トイ・ストーリー5』|監督:アンドリュー・スタントン(共同監督:ケナ・ハリス)|アメリカ合衆国|102分

公式HPによる本作のあらすじは、次の通りです。


「少女ボニーのおもちゃたちは、これまでのように毎日遊んでもらえなくなったことに戸惑います。その理由は、新しくやってきた高性能タブレット「リリーパッド」の存在でした。子どもたちの遊びがデジタルへ移り変わる中、ジェシーを中心としたおもちゃたちは「自分たちの役目とは何か」を問い直すことになります。そこへウッディも再び仲間に加わり、バズや仲間たちとともにボニーの笑顔を取り戻すため、新たな冒険へ踏み出します。」


デジタル機器VSおもちゃという対決構図で見ると、どうしてもデジタル機器の方が分が悪く描かれているように感じます。それは、子どもには子どもらしく外で友達と駆けまわったり、アナログなおもちゃで遊んでほしいと願う、親の側の勝手な理想(あるいは妄想)が投影されているからでしょう。


けれども実際には、小学校に通うようになれば、学校の休み時間におもちゃはありません。子ども同士は口と頭を使い、自分にとってメリットがあるかないか、平等かそうでないかを計算しながら友達と関わり合います。そこにはダイレクトな生の言葉、感情、態度があり、そうして人間関係を学んでいくわけですが、これがなかなか難しいものです。

デジタル機器を与えられた子どもたちが、その中でチャットをし、友達と待ち合わせをし、遠距離でも時間を気にせず遊ぶという新しいスタイルは、もう止められないし、簡単に取り上げることもできないでしょう。彼らにとって、それはライフラインのような存在になっているからです。


むしろ、認めたくはないけれど、早くからデジタル機器を操作し、辛いことも失敗もそのバリエーションを経験しながら付き合い、言葉だけで人と人との距離や関係、境界線を学び、掴んでいってほしいとも思います。それは、大人になったとき、あるいはその前のティーンエイジャーの段階でも――現在の大人たちがデジタル機器を持て余し、うまく使いこなせずにオンライン上でトラブルを起こしたり、傷ついたりしながらも、それでも画面から手が離せなくなっている状態から一歩進んで――子どもたちがもっとうまく付き合い、操作できるようになっていてほしいという、期待と願いでもあります。


この映画は、子どもが親になったとき、そしてその子どもがまた親になったとき――ちょうどジェシーの最初の持ち主が親になったように――子どもから子どもへと受け継がれていくものと、時代の波には逆らえないものについて、考えさせてくれます。幼少期の相棒とその別れがあるからこそ、心も身体も成長し、それを実感できるのです。


「トイ・ストーリー」という映画を初めて観たときは、エンターテインメントとアニメーションとしての面白さを感じただけでした。この物語がこの先も続編を重ね、終わることのない深みを持ったテーマを扱っていたのだと気づくことになるとは、当時は思いもしませんでした。



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