「広められた女、忘れられた女、現代を生きる女」ー3月後半の読書から
- 3月28日
- 読了時間: 7分
更新日:3月31日
📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。
2026年3月後半の読書からご紹介したい三冊を選びました。
どんな時代も、社会が女性をどう扱うかは、経済や政治、歴史と深く結びついています。
今月後半に手に取った三冊は、気づけばすべて女性を主人公にした作品でした。
19世紀末のオランダ
20世紀のユダヤ人迫害下のヨーロッパ
そして現代のアイルランド。
時代も形式もまったく異なる三冊ですが、読み終えてみると不思議な響き合いがありました。
・『ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲル 画家ゴッホを世界に広めた女性』
著者:ハンス・ライテン 翻訳:川副智子(翻訳家)
・『シャルロッテ』
著者:ダヴィド・フェンキノス翻訳:岩坂悦子
・『美しい世界はどこに』
著者:サリー・ルーニー翻訳:山崎まどか
💬2026年3月前半の3冊はコレ

『ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲル 画家ゴッホを世界に広めた女性』
著者:ハンス・ライテン 翻訳:川副智子 出版:NHK出版
ハードカバーで600ページ以上ある読み応えのある評伝です。
ヨーはテオ・ファン・ゴッホの妻となった女性です。
オランダ出身で英語教師として働いていた彼女の結婚生活は約1年という短さでした。
男児を産んですぐに夫テオを喪い、シングルマザーとして義兄フィンセント(ファン・ゴッホ)の絵画とドローイング、その存在を世界に広めるために生涯を捧げます。
幼少期のヨーは引っ込み思案で、「人々の役に立ちたい」という揺るぎない奉仕の精神を持つ真面目な少女でした。テオと出会うまでは中流階級の文学好きな女性として、社会との接点は希薄でした。
しかし夫を喪ったあと、男性と仕事の交渉したことも無かった彼女が、勇敢に美術界へと踏み込んでいきます。
テオの死後、約24年の歳月をかけて膨大な書簡を解読・整理し、書簡集として世に出した功績は多大な影響を与えます。
作品の値付け、流通の管理、海外への貸与、主要な美術館への働きかけ、評論家へのテキスト依頼、国内外のギャラリストやコレクターとの密な交渉——並外れた行動力でゴッホという画家の名前を世界に刻んでいきます。
今でこそゴッホ作品は素晴らしい額に入れられ厳重に管理されていますが、当時輸送のさい梱包状態は特にいい状態とはいえず、カンヴァス5~6枚まとめて木箱に詰められたり、カンヴァスから絵具が剝がれ、穴が空いたりしました。しかしヨーはそのままの状態を保ちました。修復によって作品に手を入れられることを拒みました。
本書に収められたヨーのポートレートが忘れられません。少女時代の柔らかで繊細な表情が、年を追うごとに目の鋭さを増し、芯の強さをたたえた顔つきへと変わっていきます。
画家ゴッホを世界に広めるという使命に、自分の人生を捧げて駆け抜けた女性の顔です。
ゴッホ兄弟についての伝記や評伝はありますが、ヨーについて知る機会を持てた本書は、分厚いながらも読みやすいので、興味を持たれましたら是非、読んでみて欲しい一冊です。
著者:ハンス・ライテン(ファン・ゴッホ美術館上席研究員)
翻訳:川副智子(翻訳家)
出版社:NHK出版(2025年6月27日発売)

『シャルロッテ』
著者:ダヴィド・フェンキノス 翻訳:岩坂悦子 出版:白水社
今まで読んだことのないスタイルで書かれた一冊です。一行一文。
フェンキノスは2006年にパリの小さな展覧会でシャルロッテ・サロモンの作品を偶然目にしたことがきっかけで本書を書き始め、完成まで約10年を費やした と語っています。
実在したユダヤ人画家シャルロッテ・サロモンの物語を、著者は一文ずつ改行しながら綴ります。事実を淡々と語るようでいて、一行に詰め込まれた想いが胸に迫ってきます。
シャルロッテはドイツで絵の才能を認められ、ユダヤ人ながら美術学校に入学します。
学校のコンクールで一等を獲得しますが、「ユダヤ人には与えられない」と他の学生に賞を渡されました。絶望した彼女は描くことをやめます。第二次世界大戦が始まりフランスへ逃れた先で、もう一度絵筆を握ります。
するとそこから迸るような情熱で、769点もの水彩画を描き続けました。「私の全人生よ」——彼女がそう呼んだ作品群『人生?それとも舞台?』は、戦後に公開・展示され熱狂的に迎えられます。しかしシャルロッテ自身は妊娠中にパートナーとともに捕らえられ、収容所で命を落としました。そして時とともに、彼女の作品も存在も忘れられていきました。
ヨーの評伝を読んだ直後にこの本を読み、深く考え込んでしまいました。
ゴッホの作品が死後これほど有名になったのと全く逆に、シャルロッテの作品は忘れられた。二人ともそれぞれの使命に人生を捧げて駆け抜けた女性でした。
しかし一方は世界に知られ、一方は忘れられた。その違いはどこにあったのか。
シャルロッテのように、まだ発見されていない作品や、そこに生きていた人の声や存在を忘れないために、一人でも多くの人が出会うことが大事だと感じました。
人は他者から、あるいは自分の内側から使命を見出して生きる。何を為したかを評価するのは、他者に委ねるしかない——そのことをこの二冊は、対照的な結末で教えてくれます。
💬『シャルロッテ』 |著者:ダヴィド・フェンキノス(1974年パリ生まれ)翻訳:岩坂悦子 |出版社:白水社(2020年5月30日刊)

『美しい世界はどこに』
著者:サリー・ルーニー 翻訳:山崎まどか 出版:早川書房
この本を手に取ったきっかけは、訳者の山崎まどかさんのエッセイを読んだことです。
山崎さんが訳者でもあったことを知り手に取りました。
アイルランドの作家サリー・ルーニーはBBCドラマ化された作品を持ち、2022年のTIME誌「最も影響力のある100人」にも選ばれています。
上の二冊とは時代もモチーフもまったく異なる現代小説ですが、読んでみると三冊の中でもっとも現代に近く、リアルな空気感をあらわした一冊でした。
物語には二組のカップル、四人の男女が登場します。
ぶっきらぼうで冷たい印象を与え、ドライなことをはっきり言う女性。
構ってほしいのに、わざと反対の行動を取ってしまう女性。
強面でドラッグをしていながら、一途で包容力のある男性。
遠慮がちで控え目だけれど、現実的で安定感のある男性。
四人はそれぞれ相手の欠点に気づきながらも、不器用にコミュニケーションを重ねていきます。
読んでいると、登場人物の誰かに自分が似ていると感じる瞬間が必ずあります。
SNSのチャットのテンポ感、Eメールの長文のやりとり——現代の日常的なコミュニケーションの中で進む物語は、今を生きる私たちの姿をそのまま映し出しているようでした。
新しい恋愛の形のようでいて、女性が何かを選ぶときの逡巡の構造は、時代を超えて変わっていないようにも感じます。
💬『美しい世界はどこに』 |著者:サリー・ルーニー(Sally Rooney、アイルランドの作家) 翻訳:山崎まどか|出版社:早川書房(2025年2月19日刊)
三冊を並べて
読書はカーリングのように
文学や芸術の中で女性はどのように描かれ、彼女たちの行動や言葉は時代に沿わされているのか、それとも本心から来ているのか——そう問いながら読むと、作品に描かれた時代の気配と、そこに暮らす私たちの姿が重なって浮かび上がってきます。
使命に人生を捧げたヨーとシャルロッテ、SNSの時代を不器用に生きるルーニーの四人。
時代は違っても「社会の中で女性であること」の重さは、三冊を通じて静かに流れています。
毎回本を紹介する中で、偶然にも不思議なつながりを持つ三冊が現れます。
今の自分が何を欲しているのか、何を知りたいと思っているのか——それが選書に表れ、作品や芸術鑑賞にも影響していくのが、毎月の楽しみです。
読書はわたしの現状と現実世界を結びます。
カーリングのように手から離れたストーンが、読書や美術鑑賞というブラシで磨かれ、スーッと氷の上を滑らかに、急ぎ過ぎないスピードで滑るように。
自分という存在を磨き、近似値で止まれるようにしたいと思っています。
来月は、世界史や歴史ものと、近年出版された本も同時に読み進めたいと思っています。
来月の三冊もどうぞご期待ください。
BASEでは2026年カレンダーやポストカードやドローイング作品を取り扱っています。是非一度ご覧になってみてくださいね。
3月27日更新📝【note:もうひとつのブログ】
noteではWixブログで書いた内容を、読みやすくわかりやすいテキストにしています。
写真を交え、わたしのアートについて発信しています。こちらも是非楽しんくださいね。






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