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「故郷とは何か」「名前とは何か」ー2026年3月前半の読書から

  • 3月15日
  • 読了時間: 6分

📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。


3月前半に読んだ中から、3冊をピックアップしてご紹介します。

読み終えてから並べてみると、ひとつの流れを持っていました。


喪われたものへの航海、名もなき者たちの静かな抵抗、そして足元の土地を再発見する旅。3冊を順に読むことで、それぞれが互いを照らし合います。


  • 『太陽諸島』多和田葉子

  • 『献灯使』多和田葉子

  • 『手仕事の日本』柳宗悦


💬2026年2月後半の読書記録はこちら


今月は「喪失・無名・再発見」というテーマで3冊を読みました。多和田葉子の三部作完結巻『太陽諸島』、ディストピア文学の傑作『献灯使』、そして柳宗悦『手仕事の日本』へ。名もなき者たちが、静かに時代を渡している。
Yoko Tawada|『Archipelago of the Sun』2022|Japan

『太陽諸島』多和田葉子|喪失


手に取って、まず驚きました。ピンク色です。

これまでの二作が纏っていた沈んだ色調とはまるで違う。「ああ、良い終わり方をするのかもしれない」と、ページを開く前から予感させてくれました。


表紙には彗星菓子手製作所さんの鉱石のような菓子が、三部作中もっとも大きく使われています。装丁だけで、物語の温度が伝わってくる。そういう本でした。


第一章から、すっと引き込まれました。言葉から派生する語感や意味の遊びが、まず愉しい。読み進めると、現実とファンタジーが入り混じる描写が現れます。架空の設定なのに「さもありなん」と感じる瞬間が、何度もありました。


登場人物たちは船に乗り、消滅した国を目指して旅をします。しかし移動は自由ではありません。国籍、国境、パスポート、経由地の指定——見えない境界が、あちこちで行く手を塞ぎます。


多和田自身がエクソフォニーの作家としてヨーロッパに住み、各地を移動する中で感じてきた実感がここにあります。球体としての地球をどう捉え、どこを居とするか。物語の底にある問いは、そこです。


物理的な移動が困難になるとき、わたしたちは別の問いへと向かいます。

故郷とは何か。国とは。母とは、父とは。

そのとき語られるHirukoの言葉は、絵画的なビジョンを持っていました。

視覚的に像を結ぶような言葉。それがこの作品では特に感じられました。


三部作の結末は、解決ではなく過程として描かれます。オープンエンディングです。それがかえって、長く余韻を残します。文庫版もでているのでもう一度、読み返したい作品です。


💬『太陽諸島』 多和田葉子 著 講談社 / 2022年10月


今月は「喪失・無名・再発見」というテーマで3冊を読みました。多和田葉子の三部作完結巻『太陽諸島』、ディストピア文学の傑作『献灯使』、そして柳宗悦『手仕事の日本』へ。名もなき者たちが、静かに時代を渡している。
Yoko Tawada|『The Emissary』2014|Japan

『献灯使』多和田葉子|無名


『地球に散りばめられて』三部作を読み終えて、遡るように多和田作品を手に取りました。こちらは2014年の作品です。


大震災後の「いつかの日本」を舞台にしたディストピア文学で、2018年には英訳版 "The Emissary"(マーガレット満谷訳)が全米図書賞(翻訳文学部門)を受賞しています。


世界の設定は、こうです。大きな災厄ののち、日本は鎖国します。外来語が禁じられ、インターネットも自動車も消えます。100歳を超えた作家・義郎は、身体の弱いひ孫の無名(むめい)と仮設住宅で暮らしています。老人は長命になり、子どもは歩くことすら難しい。逆転した生命力が、静かな恐ろしさを帯びています。


三部作のあとにこの本を読むと、構造が見えてきます。

国と領土、移動と境界、土地への帰属。

三部作が問い続けたテーマが、ここでは閉じた日本という形で極まっています。

縦糸と横糸が織物のように絡み合う、そういう読み心地でした。


そして「無名」という名前。

名のない人物が、秘かに海外との接点を持つ献灯使として動きます。古代の遣唐使を連想させながら、名もなき者たちこそが時代を渡す、という静かな主張がそこにあります。

ヴァレリーの言葉を借りれば「我々は後ずさりしながら未来に入っていく」とでも言うように、古の日本に回帰するような未来。その射程の長さに、読みながら何度も立ち止まりました。


『献灯使』 多和田葉子 著 講談社 / 2014年10月(単行本)/2017年8月(講談社文庫)

※英訳版 The Emissary(マーガレット満谷訳)、New Directions Publishing、2018年


今月は「喪失・無名・再発見」というテーマで3冊を読みました。多和田葉子の三部作完結巻『太陽諸島』、ディストピア文学の傑作『献灯使』、そして柳宗悦『手仕事の日本』へ。名もなき者たちが、静かに時代を渡している。
Muneyoshi Yanagi|『The Unknown Craftsman 』1948|Japan

『手仕事の日本』柳宗悦|再発見


「無名」という言葉が、この本へと導きました。


柳宗悦はここで、各地の手仕事を郷土の特色として愛でるにとどまりません。

何がそれらに正しさや美しさを与えているのかを、見極めようとします。挙げる要素は三つ。作った人、品物の性質、品物の美しさ。

「無名の職人だからといって軽んじてはいけません」という言葉に、はっとしました。

彼ら自身は小さくとも、伝統の力は大きい。その力が彼らに仕事をさせている。名を記す必要のない品物の値打ちを、もっと認めなければならない——この言葉は、自然と『献灯使』の無名へとつながります。


名前を持たないことが、むしろその人の本質を守る。そういう読み方が、重なりました。

わたしたちは美術品を見るとき作家の名を気にし、作品に署名するのを当然とし、署名のない作品を価値が低いとさえ思いがちです。そうした虚栄や虚偽を、柳の眼は鋭く見抜きます。


品物の性質と美しさ、そしてそれを作った人——この三位一体として総合的に判断するという柳の姿勢は、自分が作品を見るときの態度を改めて問い直させてくれました。

作品のもつ性質や美しさと作者を切り離して見ようとすることがありますが、「作る人をも含めて見ていい」と、この本を読んで改めて思いました。


北海道を除くすべての県を尋ね歩いた柳の丁寧で確かな審美眼と、やさしい語り口は、日本のガイドブックのようです。視覚情報で埋め尽くされた旅行ガイドより、この一冊を携えて日本再発見の旅に出かけたい——そんな気分にさせてくれます。

個人的には、阿波(徳島)と土佐(高知)に出かけたくなりました。


💬『手仕事の日本』 柳宗悦 著 講談社学術文庫版/2015年



まとめ


3冊を並べると、ひとつの輪郭が浮かびます。


喪われたもの、名のないもの、足元にあるもの。


米国・イスラエルによる対イラン攻撃が始まって2週間が過ぎました。

収束どころか、攻撃は増し、被害は拡大しています。日本の石油輸入の生命線であるホルムズ海峡も事実上封鎖される事態となり、その影響はすでにわたしたちの日常へと忍び込んでいます。これが長く続けば続くほど、世界中の国々が削られるように傷ついていく。


そういう3月前半に、国と領土、移動と境界、土地への帰属を問う多和田作品を読み、鎖国後の日本を描いた『献灯使』を読み直しました。


2014年に書かれたこの作品が、2026年の現実と重なるとき、その先見性は鋭さを増します。外来語が消え、自動車が消え、インターネットが消えた日本の姿が、現実世界のグロテスクな鏡のように映し出されるのです。

遠くへ旅しながら、最後は手元の土地へと戻ってくる。そういう3月前半でした。



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