「なぜ時代は言語・記憶・アイデンティティを揺さぶるのか?」ー2月後半の読書から
- 2月28日
- 読了時間: 6分
📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。
2月後半に読んだ本の中から、3冊をピックアップしてご紹介します。
今回選んだ3冊は、「言語・記憶・アイデンティティ」というテーマで並びました。
『すべての見えない光』アンソニー・ドーア|藤井光訳
『類』朝井まかて
『星にほのめかされて』多和田葉子
💬2026年2月前半の読書記録はこちら

戦火の中で、見えない電波が結んだ二つの魂の物語ー『すべての見えない光』
本作は第二次世界大戦末期のフランス、サン・マロを舞台にした物語です。
物語の二軸を成すのは、ナチスの通信兵として従軍した少年ヴェルナーと、パリ自然博物館の父を持つ盲目の少女マリー=ロール。
二人が直接交差する場面はわずか数ページに過ぎません。
しかし、その短い邂逅へ向かって物語の全重力が収束していきます。
1944年8月のサン・マロを奇数章で描き、1934年からの過去を偶数章で追う構成。
二つの時間軸が交互に語られることで、読者は「すでに知っている未来」と「まだ知らない未来」の間に宙づりにされます。
何が不可避だったのか。
何が選び得た未来だったのか。
その問いを抱えながらページをめくる構造です。
本作は2015年にピュリッツァー賞を受賞しました。
翻訳は藤井光さん。私は藤井さん訳の小説を読みたいと思い、手に取りました。
藤井さんの翻訳は、ドーアの緻密で静謐な文体をそのまま日本語に移し替えています。
きらめきと静けさが同居する文体。
小さなものへの丁寧なまなざし。
小説世界は、まるでヴィルヘルム・ハンマースホイの絵画に流れる静謐さがあり、
登場する小物たちは、ジョセフ・コーネルの箱の宇宙を連想させます。
ドーアが一貫して追求するテーマは、科学と文学の融合だと言われています。
本作では、ラジオや電波という「見えない光」が、互いを知らなかった二人の命運を結びます。
500ページを超える大作ですが、読み進める時間そのものが愛おしくなる一冊です。
💬2023年に文庫化、この物語をある友人にプレゼントしたくなりました。

偉大な父の影の中で、不器用に自分だけの言葉を見つけた男の一生ー『類』
第34回柴田錬三郎賞、第71回芸術選奨文部科学大臣賞受賞作。
森鴎外の末子・森類の生涯を描いた長編小説です。
医学者の長兄、作家の長姉茉莉、随筆家の次姉杏奴という才気あふれる兄姉の中で、類は生涯、「鴎外の息子」という他者から与えられた言語を生き続けます。
画家を志し、杏奴とともにパリへ留学。しかし帰国後は芽が出ず、生活は困窮。
父の印税に支えられながらも苦しい状況が続きます。
絵を描き続ける時間の重さ。画材を揃えることすら難しい現実。
やがて会社勤めを経て、小説を書くことになります。
その小説で家族を美化せずに描いたことから、兄弟間に緊張が生まれます。
偉大な父の影という「見えない重力」が、類の人生全体に作用し続けます。
制作を志す者にとって、これほど身近に感じられる物語はありません。
描き続けることの現実的な壁、言葉にできない迷い、他者との比較の中で揺れる自己像。
こちらも500ページ超の作品ですが、人物の息遣いを感じながら読める一冊です。
💬森鴎外を知らなくても、「偉大な父を持つ家族」の物語として十分に楽しめます。

母国語ごと国が消えたとき、「わたし」とは何者かを軽やかに問う哲学的ロードノベルー『星に仄めかされて』
『地球にちりばめられて』に続く三部作の第二巻。完結編は『太陽諸島』です。
第一部が「翻訳の可能性」を扱ったのに対し、本作は「読解不能性」に正面から向き合います。
主人公Hirukoがついに出会うかもしれない同郷人Susanooは、一言も話しません。
沈黙。
その沈黙に対して周囲の人物がどう応答するのか。
そこに物語の核心があります。
彼の沈黙は何を意味するのか。
言葉を失ったのか。
失うことを選んだのか。
それとも言語以外の何かで存在しているのか。
国家と言語が消えた世界で、人はどのように自己を語り他者と繋がるか。
この問題は現代の難民問題や少数言語とも共鳴しています。
多和田葉子の文体は、一文の中に複数の意味の地層が埋め込まれています。
沈黙という空白を文章として語りながら、自己と言語関係を問い直します。
3冊に共通するもの
3冊に共通しているのは、時代の荒波の中で「言語・記憶・アイデンティティ」がどのように揺さぶられ、それでもなお人が何かを保ち続けようとする姿を描いている点です。
戦争や社会の変動、国家や家制度といった大きな力は、個人の言葉を奪い、記憶を書き換え、アイデンティティを規定しようとします。
しかし3作品はいずれも、人間が完全にはそこに回収されないことを示しています。言語を失っても、記憶の痕跡は残ります。記憶が歪められても、消えきらない感覚が内部にとどまります。与えられた名前や立場に縛られても、そこからずれようとする意思が生まれます。
3冊に通底しているのは、「奪われながらも残るもの」への視線です。時代の暴力に抗う英雄的な抵抗ではなく、きわめて静かな持続や変容の過程が描かれています。
言語、記憶、アイデンティティはいずれも固定的なものではなく、揺らぎながら再編成され続けるものだという認識が共有されています。
その意味で3冊は、時代に翻弄される物語であると同時に、時代の中でなお自己を組み立て直そうとする人間の物語でもあります。
さいごに
日本で2025年に生まれた子どもの数(外国人を含む)は前年比2.1%減の70万5809人だった。10年連続で過去最少を更新した。
国の将来推計より17年早いペースで少子化が進んでおり、政策判断の前提は揺らぐ。
社会保障などを持続可能にするには給付と負担の見直しを含む制度の再設計が不可避だ。
多和田葉子の三部作《地球にちりばめられて(2018)》《星にに仄めかされて(2020)》《太陽諸島(2022)》ではHirukoとSusanooの母国の島国が海に消えたとう設定になっています。
この母国に関して具体的な国名は示されていない。しかし読めばどこの国であるかは自ずとわかります。
2025年日本の出生数は10年連続で過去最少数になりました。
この小説で描かれた世界と哲学的な問いはより現実的になり、具体的な事柄として、イマというトキから先の、実践的な行動に結びつく声を発しています。
BASEでは2026年カレンダーやポストカードやドローイング作品を取り扱っています。是非一度ご覧になってみてくださいね。
2月27日更新📝【note:もうひとつのブログ】
noteではWixブログで書いた内容を、読みやすくわかりやすいテキストにしています。
写真を交え、わたしのアートについて発信しています。こちらも是非楽しんくださいね。






コメント