2026展覧会レポート#08|TSUGU つぐ minä perhonen②後編「つぐ」展を観た後で浮かび上がってきたこと
- 2月10日
- 読了時間: 3分
📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。
某日、世田谷美術館で開催されていた「TSUGU つぐ ミナ ペルホネン」展を観に行ってきました。
そして会場を出た後、2~3日後に、いくつかの疑問が頭の中に残りました。
それらは鑑賞中にすぐ言葉になるものではなく、時間を置いてから、少しずつ浮かび上がってきた問いです。
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音楽的な展示空間について
展示空間は「chorus」「score」「humming」「ensemble」「voice」「remix」と、音楽を想起させる名前が各部屋に与えられていました。
なぜこの展覧会は、音楽的な構造を借りて構成されていたのでしょうか。
そこに込められたミナ ペルホネン側の意図やメッセージは、
どのようなものだったのか。

指揮者は誰?あるいは存在しないのか
また、もしこの展示全体をひとつの演奏だと考えたとき、
指揮者の役割を担っているのは誰なのか、
あるいは本当に指揮者は存在しているのか、
ということも気になりました。
プロセスが可視化される理由
今回の展覧会では、テキスタイル(生地)だけでなく、それを支えてきた職人や工場、機械の存在も丁寧に可視化されていました。
なぜいま、そのプロセスに光を当てる必要があったのでしょう。
これは、いわゆる「プロセスエコノミー」という視点からも考えられるのではないかと思います。
💬プロセスエコノミーってなあに。

協働する構造と時代背景
さらに、一人のデザイナーを際立たせるのではなく、協働や集団、仲間とともにものづくりを続けてきたことが強調されていた点も印象に残りました。
この構造は、近年の社会や文化の変化とも無関係ではないはずです。
たとえば、漫画家・文筆家・画家のヤマザキマリさんがNHK Eテレ『最後の講義』(2024年7月10日放送)で語っていたように、
現代の物語は「一人のスター」ではなく、
「仲間とともに困難に立ち向かう」構造へと移行している。
という指摘があります。
その視点は、この展覧会の構成ともどこかで重なっているように感じました。
「remix」に残った違和感
会場の最後に配置されていた「remix」では、ミナの服を修復し、手を加えながら、長く着続けてもらう試みが展示されていました。
一方で、会場内には価格や数字といった情報はほとんど見当たりませんでした。
理念や思想、物語は豊かに語られる一方で、それらを実際に身にまとうことができる人は、どうしても限られてしまう。
また、「開かれている」ように見えるこの姿勢は、本当に誰に対して開かれているのか、という疑問が立ち上がりました。
日課としての記録
このテキストは、鑑賞のまとめや結論ではなく、いまの自分が立ち止まって考えたい問いを並べた鑑賞レポートです。
これらの問いについては、もう少し踏み込んで考えてみたいと思います。
2025/11/22(土)~2026/2/1(日)
世田谷美術館
開館時間10:00~18:00
観覧料:一般1,700円




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