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2026展覧会レポート#19|テート美術館 - YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アート①YBAをスルーしていたわたしが、20年越しに六本木へ

  • 3月18日
  • 読了時間: 5分

更新日:3月31日

📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。


森美術館で開催中のテート美術館 - YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アート」を鑑賞して来ました。


本記事は前後編の二回に分けてお届けします。

・前編では展覧会との出会いと、会場で見つけた作品との接点について。

・後編では第5章以降の作品、そしてYBAという熱狂がその後何に変容したかについて綴ります。


どうぞお楽しみください。


YBAのムーブメントをリアルタイムでスルーした筆者が、30年近く経てテート美術館展に足を運んだ。消極的な動機から始まった鑑賞が、作品との予期しない接点へ。7作品を軸に綴る鑑賞レポート。
2026年2月11日(水) - 5月11日(月)|「テート美術館 - YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アートYBA&BEYOND: British Art in the 90s from the Tate Collection」|森美術館

消極的な動機と予期しない再会


2000年代初め、わたしは大学生でした。

タイムリーにあの時代の空気を吸っていたはずなのに、YBAのムーブメントには乗れずにいました。刺激的で挑発的な作品、ニューメディアへの違和感、音楽やファッションまで貫くカッコよさと退廃的なムード——それらを意識的に避けていました。


そんなわたしが六本木に向かった動機は、我ながらかなり消極的なものです。

年末に「やっぱり見ておけばよかった」と後悔するだろうということ。

本や画集で一度は目にした作品があること。

知っている名前がいくつかあること。

そしておそらくこの先テートに足を運ぶ機会はないだろうということ。話題性もある。

それだけでした。


会場は平日にもかかわらず人が多く、20〜30代と思われる男女や海外からの来場者も目立ちました。写真を撮ろうとすると必ず誰かが作品の前に立っていて、どの作品にも誰かの視線があります。


作品数は多く、メディアも多様です。各フロアに映像作品用のブースが設けられ、雑誌や資料の展示もあり、テキストからもあの時代のイギリスが内包したムーブメントが伝わってくきます。小作品から大型のインスタレーションまで、どれも立ち止まらずにはいられないキャッチーさとメッセージ性がありました。


会場入り口でひときわ存在感を放っていたのが、ギルバート&ジョージの《裸の目》(1994年)。壁面を圧するほどの大きさで展示されたこの作品は、テートが長年収蔵してきた彼らの仕事を象徴するものです。


YBAのムーブメントをリアルタイムでスルーした筆者が、30年近く経てテート美術館展に足を運んだ。消極的な動機から始まった鑑賞が、作品との予期しない接点へ。7作品を軸に綴る鑑賞レポート。
ギルバート&ジョージ《裸の目》1994年 展示風景:テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート 国立新美術館、2026年 撮影:筆者

実はこの展覧会を訪れてから、一週間以上記事が書けずにいました。

言葉が出てこない。

刺激的な作品も、政治性のある映像も、問いを投げかける作品も、理知的な作品も、たしかに見ました。それでも全体を見終えた後に自分の中で何かが像を結ばず、どこを切り取ればよいかわからないまま時間が過ぎていきます。


思い切ってキーボードを叩き始めたのは、書き出さないことには何も出てこないと観念したからです。



接点を見つけること


ヴォルフガング・ティルマンス《あなたを忘れたくない》(2000年)は、千葉雅也『デッドライン』の表紙で見たことがある写真でした。

実物はずっと小さかった。

拍子抜けしながら、壁面にラフに貼りつけられた展示方法に、逆に奇妙な権威のようなものを感じました。


マーク・ウォリンジャーの馬の作品《反兄弟の競走馬(エグジットトゥノーウェアとマキャベリアン)》の前では、小川哲の短編集「嘘と聖典」収録の「ひとすじの光」を思い出した。競走馬という存在が持つ、管理された美しさと搾取の構造。

ウォリンジャーは競馬の世界を英国社会の縮図と見なし、階級・血統・所有という問題をアートに持ち込みました。実際に競走馬を購入し《A Real Work of Art》と名づけてレースに出走させたそうです。


その隣には、ルージー・ガニング《馬のものまねをする人たち》(1994年)の映像作品に足が止まりました。スーパー8ミリをビデオに変換した映像の中で、一般女性が公園のような場所で馬の鳴き声をまね、パカパカと歩く様子を再現する姿。


甲高く人工的な馬の声、成人女性が正気で馬の姿を演じる映像——わたし以外にも何人かがブースの前で立ち止まり、じっと見ていました。


その視線が何を求めていたかを考えると、作者の意図が少し見えてきます。

わたしたちは女性に美しく溌剌として優しい存在であってほしいと思う一方で、彼女たちがある一線を越える瞬間を切望する——観衆の中にあるその暴力的な欲望に、この映像は静かに気づかせます。動物のまねをさせることで、人間が「人間以下」へといとも簡単に貶められてしまう落とし穴。その境界は綱渡りのように細く、あっけなく破られるということ。


皮肉なことに、この作品の正面にはディノス・チャップマン、ジェイク・チャップマン兄弟の《戦争の惨禍》(1993年)が対になるように展示されていました。

内なる暴力と外部の暴力が、壁を挟んで向き合っています。


ギャビン・ターク《ケイヴィー》(1991–1997年)の陶のプレートを見上げたときは、「ああこれか」と声が出そうになった。いつか現代アートの本で見た作品に、ここで思いがけず会えました。


作品と自分をつなぐ接点が、少しずつ見つかっていきました。



テート美術館 - YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アートYBA&BEYOND: British Art in the 90s from the Tate Collection

会期:2026年2月11日(水) - 5月11日(月)

会場:国立新美術館

開館時間:10:00-18:00

入場料:2,300円



BASEでは2026年カレンダーやポストカードやドローイング作品を取り扱っています。是非一度ご覧になってみてくださいね。


noteではWixブログで書いた内容を、読みやすくわかりやすいテキストにしています。

写真を交え、わたしのアートについて発信しています。こちらも是非楽しんくださいね。


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