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2026展覧会レポート#19|テート美術館 - YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アート②反骨が正典になるまで

  • 3月19日
  • 読了時間: 8分

更新日:4月3日

📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。


森美術館で開催中のテート美術館 - YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アート」を鑑賞して来ました。


本記事は前後編の二回に分けてお届けします。

前編では展覧会との出会いと、会場で見つけた作品との接点について。

後編では第5章以降の作品、そしてYBAという熱狂がその後何に変容したかについて綴ります。


どうぞお楽しみください。


💬前編「①YBAをスルーしていたわたしが、20年越しに六本木へ」レポート


YBAのムーブメントをリアルタイムでスルーした筆者が、30年近く経てテート美術館展に足を運んだ。消極的な動機から始まった鑑賞が、作品との予期しない接点へ。7作品を軸に綴る鑑賞レポート。
2026年2月11日(水) - 5月11日(月)|「テート美術館 - YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アートYBA&BEYOND: British Art in the 90s from the Tate Collection」|森美術館

第5章「家という個人的空間」にて


シーマス・ニコルソン《オリ》(1999年)は、ロンドンの路上で見かけた放尿する男性を再現した写真作品です。スナップ写真に見えますが、天井の縞模様と横から差し込む光と影が中央の人物へと一点に集まり、ルネサンス絵画か舞台芸術のような演出になっています。


実際に昨日も路上で同じ光景を見ました。正直、嫌悪を抱きます。風紀上の問題であり、子どもへの影響も気になる。けれど、排泄という行為自体は人間にとって不可欠です。他者の目に触れてはいけないとされる行為を開いて見せ、その過程のなかに自己と社会の関係を映し出す——そういうアートを、わたしはずっと見ないふりをしてきました。


それでも《オリ》に、一瞬の美を感じます。日常の時間からふと脇道に逸れるような、エアーポケットの美とでも呼ぶしかないものが、そこにあることを知っています。


《オリ》を見た後に向かったモナ・ハトゥム《家》(1999年)では、その感覚がより深く、より重くなりました。どちらの作品にも共通するもの—それは本来見えないはずのものが、むき出しにされるという構造です。ニコルソンは公衆の前の身体を、ハトゥムは帰れない家の内部を。


ハトゥムは1952年、レバノンでパレスチナ出身の両親のもとに生まれました。1975年に勃発したレバノン内戦によって故郷に戻れなくなり、イギリスでキャリアをスタートさせたといいます。作品に近づこうとすると危険を示すワイヤーが張られています。立ち入り禁止区域のようにスタッフが一人配置されていました。


格子越しに見えるキッチン用品からは遠くからでもわかる不吉な音がして、

光が点滅し、木製の机の上には剥き出しのコードが絡まり、電流が流れています。


こちらからあちらへ立ち入ることがどれだけ危険を伴うか。点滅する光と機械音に、今なお続く空爆下の日常を担うキッチンが重なりました。そして展覧会が扱う90年代から2000年代という時間軸をさらに遡り、バルフォア宣言をはじめとする「戦勝国としてのイギリス」の影が、この作品を通して透けて見えた気がします。



映像が残したもの


映像作品の中で一週間以上経った今もよく思い出すのが、トレイシー・エミン《なぜ私はダンサーにならなかったのか》(1995年)です。


エミンはスーパー8で、自身のティーンエイジャー時代を回想します。

育ったイングランドの海辺の町マーゲート、学校、アーケード、砂浜——ざらついたフィルムの粒子が、記憶の質感そのものを映しているようでした。語られる内容は、少女期に負った傷、性と羞恥と屈辱の記憶。しかし映像の最後、エミンは一人でディスコのフロアで踊り始めます。自分を罵倒した男たちの名前を一人ずつ呼び、「これはあなたたちへ」と言い放って踊り去る。その身振りは怒りでも哀愁でもなく、ある種の解放でした。


エミンの作品はいつも、自己の性とその記憶を素材にしています。

あの映像を見た後だからこそ、2026年2月からテート・モダンで始まった「第二の人生」と題した個展のタイトルが、単なる回顧ではなくエミン自身の言葉として響きます。



YBAのムーブメントをリアルタイムでスルーした筆者が、30年近く経てテート美術館展に足を運んだ。消極的な動機から始まった鑑賞が、作品との予期しない接点へ。7作品を軸に綴る鑑賞レポート。
コーネリア・パーカー《コールド・ダーク・マター:爆発の分解イメージ》1991年 展示風景:テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート 国立新美術館、2026年 撮影:筆者              コーネリア・パーカーの《コールド・ダーク・マター:爆発の分解イメージ》(1991年)は、展覧会のスポットライト作品のひとつだ。納屋を爆破し、その破片を中央の光源から吊るしたこのインスタレーションは、破壊と静止が同時に存在する空間をつくりだしていた。

「BEYOND」について、そして着地


タイトルの「YBA & BEYOND」——このBEYONDとは、ヤング・ブリティッシュ・アーティストというラベルに収まらない作家たちも同じ視野に収めているということです。


ハトゥムもガニングもエミンも、YBAの熱狂の中心からは少し外れた場所に立っていました。それでも同じ時代のイギリスを、それぞれの角度から切り取っています。

そのことが、展覧会を一面的ではなく、多層的なものにします。


YBAの熱狂はその後、どこへいったのか。


倉庫を自分たちで借り、制度の外で火をおこした彼らは、やがてオークションで記録的な落札額をたたき出し、美術館の常設展示に収まり、ロイヤル・アカデミーの会員になりました。反骨が商品になり、挑発が正典になる。

その回収のスピードは、熱狂の速さに負けないくらい早かった。


けれどこの展覧会を見て、わたしの中で何かの解像度が上がったのは確かです。

あの時代に漂っていた不安と過剰と自由が、作品を通してようやく輪郭を持ちました。

YBAを避けていた20代のわたしには見えなかった像が、30年近く経って、少しだけ結んだ気がします。


トレイシー・エミンは今年、テート・モダンで個展を開いています。

かつて制度の外側で自分の記憶と身体だけを武器にしていた作家が、今やその制度の正面に立っています。熱狂は回収されたかもしれない。

それでも、あの時代に確かに存在した空白と過剰を、この展覧会は丁寧に証言していました。


テート美術館 - YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アートYBA&BEYOND: British Art in the 90s from the Tate Collection

会期:2026年2月11日(水) - 5月11日(月)

会場:国立新美術館

開館時間:10:00ー18:00

入場料:2,300円



🪞備忘録|開催概要・出品作家・展示構成・テキストで言及した作品・作家リスト


開催概要

1980年代後半から2000年代初頭にかけて制作された英国美術に焦点を当てる企画です。サッチャー政権時代(1979-90年)を経験して緊張感漂う英国社会では、既存の美術の枠組みを問い、作品の制作や発表において実験的な試みをする作家たちが数多く登場しました。当時「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)」と呼ばれた作家たち、そして、彼らと同時代のアーティストたちは、大衆文化、個人的な物語や社会構造の変化などをテーマとし、絵画、彫刻、写真、映像、インスタレーションなど多様な手法を用いて独創的な作品を発表してきました。約60名の作家によるおよそ100点の作品を通じて、90年代の英国美術の革新的な創作の軌跡を検証します。


展示構成

序章 フランシス・ベーコンからブリットポップへ

第1章 ブロークン・イングリッシュ:ニュー・ジェネレーションの登場 スポットライト ハンズワースの歌/ブラック・オーディオ・フィルム・コレクティヴ

第2章 おおぐま座:都市のイメージをつなぐ

第3章 あの瞬間を共有する:音楽、サブカルチャー、ファッション スポットライト なぜ私はダンサーにならなかったのか/トレイシー・エミン

第4章 現代医学 スポットライト 熊/スティーヴ・マックイーン

第5章 家という個人的空間 スポットライト コールド・ダーク・マター:爆発の分解イメージ/コーネリア・パーカー

第6章 なんでもないものから何かが生まれる:身近にあるもの スポットライト 王国への入り口/マーク・ウォリンジャー


出品作家一覧(ファーストネームABC順・全57組)

アンジェラ・ブロック、アニッシュ・カプーア、アニャ・ガラッチョ、ブラック・オーディオ・フィルム・コレクティヴ、キャシー・ド・モンショー、シール・フロイヤー、クリス・オフィリ、クリスティン・ボーランド、コーネリア・パーカー、ダミアン・ハースト、デイヴィッド・ロビリヤード、デイヴィッド・シュリグリー、デレク・ジャーマン、ディノス・チャップマン、ダグラス・ゴードン、エリザベス・ライト、フランシス・ベーコン、ギャヴィン・ターク、ジョージナ・スター、ギルバート&ジョージ、ジリアン・ウェアリング、グレイソン・ペリー、ヘレン・チャドウィック、ヘンリー・ボンド、ジェイク・チャップマン、ジェレミー・デラー、ジム・ランビー、ジョニー・シャンド・キッド、ジュリアン・オピー、ジュリー・ロバーツ、キース・コヴェントリー、リアム・ギリック、リサ・ミルロイ、ルベイナ・ヒミド、ルーシー・ガニング、マーク・クイン、マーク・フランシス、マーク・レッキー、マーク・ウォリンジャー、マーティン・クリード、マット・コリショウ、マイケル・クレイグ=マーティン、マイケル・ランディ、モナ・ハトゥム、レイチェル・ホワイトリード、リチャード・ビリンガム、リチャード・ハミルトン、サラ・エインズリー、サラ・ジョーンズ、サラ・ルーカス、シーマス・ニコルソン、サイモン・パターソン、スティーヴ・マックイーン、スティーヴン・ピピン、スタパ・ビスワス、トレイシー・エミン、ヴォルフガング・ティルマンス


テキストで言及した作品・作家リスト

作家名

作品名

制作年

ヴォルフガング・ティルマンス

《あなたを忘れたくない》

2000年

マーク・ウォリンジャー

《反兄弟の競走馬(エグジットトゥノーウェアとマキャベリアン)》

1994–1995年

ルージー・ガニング

《馬のものまねをする人たち》

1994年

ディノス・チャップマン、ジェイク・チャップマン

《戦争の惨禍》

1993年

ギャビン・ターク

《ケイヴィー》

1991–1997年

モナ・ハトゥム

《家》

1999年

シーマス・ニコルソン

《オリ》

1999年

トレイシー・エミン

《なぜ私はダンサーにならなかったのか》

1995年



BASEでは2026年カレンダーやポストカードやドローイング作品を取り扱っています。是非一度ご覧になってみてくださいね。


noteではWixブログで書いた内容を、読みやすくわかりやすいテキストにしています。

写真を交え、わたしのアートについて発信しています。こちらも是非楽しんくださいね。


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