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2026展覧会レポート#20|ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー

  • 3月20日
  • 読了時間: 8分

更新日:3月30日

📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。


展覧会レポート20投稿目は東京都現代美術館「ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー」展をご紹介します。


ソル・ルウィットは学生時代から気になっていた作家でした。

ミニマル・アートとコンセプチュアル・アートのスマートでスタイリッシュな作品に強く惹かれながらも、画集で眺めるばかりで実物を見る機会はないままでした。


それから20年が経ち、2026年、こんな大きな会場でようやく体験することができました。今年は年初から海外の現代アートが充実しています。


その年に見ておかなければ、次の機会はいつ来るかわからない——だからこそ、どんどん足を運んでいます。


東京都現代美術館「ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー」展レポート。25年越しの対面で気づいた、概念の底に沈む手仕事の痕跡。幾何学と温かみが共存する空間体験を綴ります。
2025年12月25日(木)- 2026年4月2日(木)|「ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー」|東京都現代美術館

なぜ2026年にこの展覧会が開催されたのか。


東京都現代美術館でのルウィット作品の展示は、1995年の開館記念展以来およそ30年ぶりで、今年で開館30周年を迎えた同館が「国外のアーティストを紹介し続ける」というミッションに立ち返り、本展を開催するに至ったといいます。


担当学芸員は「ソル・ルウィットというアーティストを偉大な巨匠として称えるためにこの展覧会が開かれているわけではない」と語り、「オープン・ストラクチャー」というタイトルの通り、不完全で欠けた部分のあるシステムとして、開かれた裂け目や隙間があるものとして、ルウィットの作品を現在から見直すことがよりアクチュアルな理解につながると考えて企画を始めたと明かしています。


つまり周年という制度的な節目と、現在のアートへの問い直しという動機が重なって実現した展覧会です。


ちょうど同じ時期、国立新美術館ではYBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)展が開催されています。YBAは1988年にダミアン・ハーストがロンドン東部の倉庫で企画した「フリーズ」展を起点とし、1990年代から2000年代にかけてターナー賞を席巻するなど世界的な注目を集めました。


ルウィットは2007年に亡くなっており、YBAが台頭した1990年代は彼がまだ現役で活動していた時期です。


つまり二つの展覧会は、同時代を生きた異なる潮流を東京で同時に体験できる、稀な機会でもあります。ただし両者の方向性は対照的です。


YBAがポップカルチャー・身体・死・性などを扱いメディアとマーケットを積極的に利用したのに対し、ルウィットは一貫して構造・条件・プロセスという概念的な領域に留まりました。


同時代でありながらまったく異なる方向からアートの可能性を問い続けた二つの流れが、2026年の東京に並んでいます。


《ウォール・ドローイング#770 カラーインク・ウォッシュを塗り重ねた非対称のピラミッド》展示風景:ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー東京都現代美術館、2026年撮影:筆者
《ウォール・ドローイング#770 カラーインク・ウォッシュを塗り重ねた非対称のピラミッド》展示風景:ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー東京都現代美術館、2026年撮影:筆者

会場は企画展示室1Fで、ウォール・ドローイングや立体作品を中心とした前半と、アーティスト・ブックを紹介する後半というゆるやかな2部構成です。


ただ今回は、これまでの現代美術館のように展示室を細かく仕切る構成ではなく、フロアを大胆に開放した空間づかいをしていました。そのおかげで、美術館そのもののスケールを初めてちゃんと体感した気がします。


会場最大の作品は3点のウォール・ドローイングで、壁面いっぱいにカラー・インク・ウォッシュを塗り重ねた《ウォール・ドローイング#770 カラーインク・ウォッシュを塗り重ねた非対称のピラミッド》はとりわけ圧倒的です。


幾何学形態でありながら「塗り重ねる」という行為には時間と手仕事の痕跡が宿っており、それについては後で触れます。

見上げるほど大きな作品(この作品は展覧会終了後、消されてしまう)、壁面そのものへのペイント、床に置かれた彫刻——会場全体がひとつの巨大な彫刻作品のようでした。


入り口には雑誌ページを額装した作品が1点、《不完全な開かれた立方体》の1点が展示されています。辺の欠け方が異なる白いアルミニウムの立方体は、未完成から完成へと向かう連続的なプロセスであり、同一条件のもとで生まれる無数のヴァリエーションの可能性を静かに示しています。


辺だけになった構造は内と外の境界を解放し、「そこにないもの」を補おうとする目の錯覚を呼び起こします。同じ展示室には《ストラクチャー(正方形として1, 2, 3, 4, 5)》もあります。正方形という単純な単位が数の論理にしたがって増殖・変容していく様子は、ルウィットの思考の核心の条件を設定し、その条件が生み出す可能性をすべて開放することを端的に示しています。


《不完全な開かれた立方体》が「欠けること」によって構造を問うなら、こちらは「増えること」によって構造の連続性を問います。

並べて見ると、ルウィットが一貫して追っていたのが形そのものではなく、形が変化するプロセスだったことが伝わってきます。


東京都現代美術館「ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー」展レポート。25年越しの対面で気づいた、概念の底に沈む手仕事の痕跡。幾何学と温かみが共存する空間体験を綴ります。
《ストラクチャー(正方形として1, 2, 3, 4, 5)》展示風景:ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー東京都現代美術館、2026年撮影:筆者

今回の展示で印象的だったのは、第三者の手によって制作されるウォール・ドローイングや立体作品とは別に、ルウィット自身が手がけたエッチング・アクアチントの版画作品が並んでいたことです。


《コンプレックス・フォーム》(1990年)は、単色からカラーへと移行する過程を5枚の版画で見せる作品で、反復と連続というルウィットの一貫したテーマが、今度は化学物質の反応と時間をかけた手仕事によって現れます。


ルウィットは1960年代から晩年にわたって本の仕事を続けており、ページを順に追うという形式が構造の連続性を探求する目的にかなっていたといいます。版画というメディアも同じく反復し増殖するという性格を持ち、技法的に見れば、インクを凹みに入れて紙へと転写するという行為は、本のページをめくる行為と同義の「順序と蓄積」です。


版画を刷ったあとに紙に残るプレートマーク(金属版が紙を押した痕跡)は、消そうとしても消えない手仕事の証拠です。作品のアイデアやプロセスを重視し、作家の身振りを排除するように見えるルウィットが、それでもこの痕跡を残したことは何を意味するのでしょうか。


ルウィットは「ものを作ること・手から生まれるもの」を、概念の外側にではなく、概念の底に静かに置いていたのではないか——プレートマークを前にして、そう感じました。


ほとんどの作品は幾何学形態で構成されています。第三者の手で制作されるウォール・ドローイングも含め、作家自身の身振りや感情を排除し、純粋な形そのものへと還元していく。それがルウィットの方法です。しかしだからこそ、人の手によって引かれた曲線や直線には、肉感的な温かみが宿ります。


これほど幾何学的で感情を排除したはずの空間が、なぜこれほど有機的な場所として感じられるのか。その答えはおそらく、概念の底に沈んだ手仕事の痕跡が、空間全体をかすかに温めているからではないかと思います。


もし会場に入る全員がドレスコードを指定され、全身黒で統一されていたとしたら。


わたしたちの動きや存在そのものが、ドローイングを構成する1本の鉛筆の線であり、立方体の辺の一部となりえるのではないか。


会場に踏み込んだ瞬間、サイズの不均衡と錯覚のなかで、鑑賞者一人ひとりが辺の欠けた立方体の集合なのかもしれない、とふと感じました。


ルウィットは1960年代後半、目に見える作品そのものよりも、アイデアとプロセスを重視することで芸術のあり方を大きく転換しました。しかし展示を歩き終えて感じたのは、その「概念」の底には、版画のプレートマークのように、人が何かに触れ、押し、残してきた痕跡への眼差しが静かにあったということです。


「芸術とは何でありうるか」という問いは、会場全体に広がっていました。

美術品を展示するただの箱ではなく、思考の構造そのものとして立ち上がる展覧会でした。それはおそらく画集で作品を眺めていただけでは、決して感じ取れなかったものです。



おまけ


会場で気になるものを見つけました。鑑賞者用のベンチです。

ルウィットの作品の一部として浮かないよう、白い箱のような立方体の形をしていました。

《不完全な開かれた立方体》の辺と同じ長さで作られているといいます。


その場では「作品のようだ」と思いました。しかし今考えると、やはりそれはルウィット的ではありませんでした。


開かれてもなく、欠けてもなく、ただ白く、会場の白さを邪魔しないように存在していた。似て非なるもの、としてそこにあったのだと思います。


ルウィットの立方体は、辺を欠くことで内と外の境界を解放し、「そこにないもの」を見る者に補わせます。見る者を思考に巻き込む構造です。


一方このベンチは、同じ寸法・同じ白さでありながら、完全に閉じています。座ることを目的とし、気配を消すことを目的としています。


同じ寸法、同じ白さ、同じ空間にありながら、「たたずまい」が異なるのはなぜでしょうか。それはおそらく、問いを内包しているかどうかの差です。ルウィットの作品はつねに「これは何でありうるか」という問いを構造の中に仕込んでいます。ベンチにはその問いがありません。


誠実な配慮で作られたベンチですが、ルウィットの空間に置かれたとき、その「気配の消えなさ」が、かえって際立って見えました。展示室を出たあと、あのベンチは必要だったのかとふと頭をよぎりました。


ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー

会期:2025年12月25日(木) - 4月2日(木)

会場:東京都現代美術館

開館時間:10:00 - 18:00

入場料:1,600円



BASEでは2026年カレンダーやポストカードやドローイング作品を取り扱っています。是非一度ご覧になってみてくださいね。


🌸3月20日更新📝【note:もうひとつのブログ】

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