ミントグリーンの表紙が隠していたもの――『希望のチョコレート』書評
- 5月17日
- 読了時間: 5分
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スマホから流れるニュースには、社会・政治・芸能・トレンドなど雑多な情報が毎日数十件以上届きます。
その中で、あるコンビニが今年も「チョコミン党」というフェアを開催するという記事が目に留まり、興味本位でクリックしました。チョコミント味のスイーツを紹介するその記事には、ミントグリーンとパステル調の爽やかな緑、そして深く光沢のあるブラウンが広がっていました。見た目にもさっぱりと、ひんやりと苦くて甘い。そんな味わいを想像しながらニュースを閉じました。
後日、同じミントグリーンと濃いブラウンを配した表紙の本が目に入りました。
ジョン・タットリー著、矢沢聖子訳『希望のチョコレート――「平和」への願いをつくり続けるシリア難民家族の物語』です。
ティファニーブルーを思わせるミントグリーンの背表紙は品があり、思わず手が伸びました。
その爽やかな色合いと「シリア難民家族」という言葉の落差に、軽い衝撃を覚えます。
いったい何が書かれているのだろう。
本書の内容はこうです。
チョコレートの製造・販売で財を成したシリアのハダト一家は、内戦によってすべてを失い、難民となります。やがて長男がカナダに受け入れられたことを機に、一家はゼロからチョコレートビジネスを再建し、経済的・社会的な成功を収めます。
雇用を生み出し、難民支援や平和活動、寄付へとその成果を還元していく姿は、「チョコレートを作っているのではなく、幸せを作っている」という誇りと信念そのものです。
屋根があり、眠る場所があり、食べられて、仕事がある。
そのことが幸せであるという価値観と、多く稼いだ分は貧しい人や困っている人に寄付するのが当然というイスラム教の教えを、私はこの本で初めて知りました。
そしてふと気づきます。屋根があり、眠る場所があり、食べることができ、安心して働ける状態にある人は、世界人口のわずか2割程度だということを。
その2割の中に自分がいる。これまでそれを当然のこととして生きてきた自分にとって、この現実はショックでした。
奇跡的な状況の中にいたのだと、初めて思い知りました。
シリア内戦の描写は、ガザやイスラエルの状況と重なるような凄まじい場面もあり、胸が苦しくなります。生まれた国を脱出するか、留まり続けるか——身を切られるほどの選択を、待ったなしで迫られる。
行動することと待つことのあいだで揺れる忍耐と迷いは、決して遠い出来事ではなく、自分のこととして迫ってきます。
無事カナダで再会を果たした家族は、数か月のうちに仕事を始めます。
自分たちを受け入れるために尽力してくれた人々のために恩返しをするように、会社を大きくし、収入を寄付し、雇用を創出していく。
しかしその一方で、カナダに渡れなかった人々、密航業者に騙されて命を落とした人々、移動することができずシリアに残り続けた人々がいました。
ハダト一家はその苦渋の決断と、やむにやまれぬ状況を知っていました。
自分たちの成功は、そうした人々の上に成り立っているという意識が、彼らを支援や寄付へと向かわせるのかもしれません。
本書がていねいに描くのは、男性たちの再建の物語だけではありません。女性たちの再建も語られます。
イスラム教の習慣では、女性は家族以外の男性や来客の前では席を外すことが多く、その内側の暮らしは外からは見えにくいものです。
しかし著者タットリーの妻が一家の女性たちに直接インタビューと聴き取りを重ねたことで、彼女たちの視点が丁寧に記録されています。
異国での日常、言葉の壁、学校に通い外国語を習得して学業を修めるまでの道のり。
男性中心になりがちな難民の語りに、女性たちの声が確かに織り込まれています。
それもまた、この本が持つ誠実さのひとつだと感じます。
ブランド名「ピース・バイ・チョコレート」が示すように、物語は困難や悲惨さも、人と人との本来の温かさや相互理解も前向きに描きます。
この本が伝えるのは、ハダト一家の個人的な成功や困難だけではありません。
難民を受け入れることでカナダ社会に生じた変化、人と人との関わり、共存し助け合うことの意味。そうした広がりもまた、見落とせない視点です。
実は私は、この本をコンビニで買ったチョコミントスイーツと並べて写真に撮り、
「五月の読書・チョコミントフレーバー」のようなタイトルで記事にしようとしていました。
しかし読み終えて、そんな考えは消えました。
チョコレートからイメージするものとはかけ離れた物語、そこに込められた思想と祈りの切実さを知ったからです。
ピース・バイ・チョコレートのウェブサイトを見ると、様々な国の言葉で「平和」を意味する単語が印刷されたチョコレートバーを目にすることができます。
チョコレートを買うことは、平和への祈りや願いを乗せて買うことです。
戦争をこの世界からなくすこと
難民という状況を生み出さないこと
誰かを排除しないこと。
パッケージに刻まれた言葉ごと、受け取るのです。
ハダト一家と同じ物語が、再び生まれるかどうかはわかりません。しかし彼らの歩みは、受け入れる側の善意と、受け入れられる側の誇りと信念が重なったとき、何かが確かに動くことを示しています。
あなたはこの物語を読んで、何を思うでしょうか。
📚『希望のチョコレート』ジョン・タットリー(著)矢川聖子(訳)、2026年、原書房
📚Peace by Chocolate: The Hadhad Family's Remarkable Journey from Syria to Canada Author: Jon Tattrie
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