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土の匂い、土の記憶、土なき思想ー2026年4月後半の読書から。

  • 5月2日
  • 読了時間: 5分

📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。


2026年4月後半の読書から、印象に残った三冊をご紹介します。


今回選んだ三冊は土を食べる男、土から育つ台湾の食、そして土を耕す者が一人もいない哲学者たち

4月後半の三冊は、思いがけず「土」という裏テーマで響き合いました。


💬これまでのご紹介した本はこちらからどうぞ。


📚 40人の哲学者の「もうひとつの職業」

その中に、一人もいない職業とは?

『哲学者たちの<ほんとう>の仕事』

  • 著者:ナシム・エル・カブリ 著 野村真依子 訳

  • 出版年:2026年

  • 出版社:晶文社


今年出版されたばかりの本です。

哲学者といえども、それだけでは生活できません。

古代から現代まで40名の哲学者を取り上げ、生活の糧を得ていたもうひとつの職業をひも解いていく、唯一無二の哲学入門書です。


●スピノザはレンズ磨き職人

●ルソーは写譜屋

●バルバラ・カッサンは精神疾患を患う青少年の教育者

●ギヨーム・マルタンは自転車競技選手

●ハワード・ベッカーはジャズ・ピアニスト


哲学者たちの「もうひとつの顔」は、実にあらゆる分野にまたがっています。

労働は想像力の源にも、知的活動の妨げにもなる。

著作ではなくその人物の生活に光を当てるこの本は、哲学に興味を持つきっかけになるかもしれません。

嬉しいのは過去の偉人だけでなく、現在も現役で活動している哲学者を取り上げている点です。



📚 台湾の土が育てた食と記憶

日本統治時代の台湾を旅するふたりの女性。

台湾漫遊鉄道のふたり

  • 著者:楊双子 著 三浦裕子 訳

  • 出版年:2023年

  • 出版社:中央公論新社


この本は以前ブログでも取り上げた一冊ですが、改めてご紹介します。


鉄道、台湾の食、女性二人の旅

設定は心地よく、無理なく物語の中に入っていけます。

表紙のどこか昭和レトロでありながらアジア的なモダンさを帯びたイラストも印象的で、ページを開く前からすでに異国の空気を感じさせます。


しかしこの二人——日本人の文筆家と台湾の日本語通訳者——の間には、身分も出自も社会的背景も異なる、見えない断絶があります。


占領者の視点と被占領者の精神の間に横たわる崖のような溝は、最後まで読み進めないとなかなか見えてきません。それほど深く、無意識に(ときに無配慮に)刻まれています。

著者は台湾の歴史を丁寧にひも解き、現在では失われてしまった食や建築をこの本の中で生き生きと蘇らせています。


継続して読んでいるガザ・パレスチナ問題とも根っこでつながる、東アジアの占領の歴史。その堆積が、読者一人ひとりに食と文化を通じて香りともに語りかけてきます。



📚土を食べる男とカンボジアの大地

虐殺とゲームの論理が交差する傑作長編。

ゲームの王国 上 下

  • 著者:小川哲

  • 出版年:2017年

  • 出版社:中央公論新社


小川哲の著作は以前も紹介しましたが、今回はゲームの王国をご紹介します。


1970年代のカンボジアを舞台に、ポル・ポト政権下の虐殺とゲームの論理を融合させた作品です。

上巻では幼少期から青年期にかけて、戦争・侵略・民主主義の崩壊に翻弄される歴史が描かれ、下巻では打って変わって、コンピューターサイエンスや数学、AIといった別次元の現代ベトナムへと舞台が移ります。


著者が最も影響を受けた哲学者としてウィトゲンシュタインを挙げているのが、この作品を読むと腑に落ちます。後期ウィトゲンシュタインが『哲学探究』で提示した「言語ゲーム」の概念、その影響は科学哲学から言語学、AI研究にまで及びますが、下巻にはまさにそのような広がりを感じます(参照:NHK『100分de名著』ウィトゲンシュタイン特集、2026年4月)。


遠い過去ではない歴史が、現代という時間の中に根付いていることー『台湾漫遊鉄道のふたり』と並べて読むと、東アジアに生きるわたしたちへの問いとして、いっそう重く響きます。



三冊を並べて

土についての考察


哲学者の生活、占領の記憶、虐殺の論理。


一見バラバラに見える三冊ですが、読み終えてみてひとつの言葉が浮かびあがりました。

です。


『ゲームの王国』にはカンボジアの土の匂いが充満しています。

土を食べる男が登場し、大地と人間の原始的なつながりが物語の底に流れています。

そしてポル・ポト政権がその土地に根付いた人々の生活を根こそぎ破壊していく様は、読んでいて息が詰まります。


『台湾漫遊鉄道のふたり』でも、土は静かに主役を演じています。

台湾の豊かな食は、その土地の土から育った食材によって成り立っています。

しかし植民地支配とはまさに、その土地にもともと根を張っていた植物や作物を駆逐し、別の作物を植え付けることも含みます。料理の豊かさの裏に、土地の記憶の収奪が重なって見えてきます。


そして『哲学者たちの〈ほんとう〉の仕事』を読みながら、ふと気づいたことがあります。レンズ磨き、写譜屋、ジャズピアニスト、自転車競技選手。

40人の哲学者のもうひとつの職業の中に、農民や農耕に携わる人が一人もいないのです。


土を耕し、種を蒔き、収穫を待つ


その営みの中には、時間・生死・自然・労働といった哲学の根源的な問いが宿っていると考えます。

その不在は、哲学という知的営為がどこか「土」から切り離されたところに成立してきた歴史を、潜在的に示しているのかもしれません。


土に根ざした生活、土を奪われた歴史、土から遠ざかった思想。


三冊を並べると、そんな問いが浮かびあがってきます。

今の自分が何を知りたいと思っているか、選書の中にいつも映し出されているようです。



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