待つー作品が言葉を連れてくるまで
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📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。
パネルに手を入れてから数日。
制作を続けながら、私は言葉の速度について考えています。
昨日の記事の続きを書く前に、「待つ」ことを選択したい。
💬現在、制作は再び10点単位で構成し始めています。
サイズは300×350mmです。いまは4点を同時に進めています。
💬私はこれまで、針と糸の制作で、上空から見た地図のような風景を描いてきました。
土地の断片、建物の配置、俯瞰された都市の構造。それは常に「上から見る」視点でした。

言葉は早いものです。
構造を見つければすぐに名づけることができ、違和感があればすぐに定義し直すことができます。思考は、ある種の高さを獲得すると、一瞬で全体像を語れてしまいます。
しかし、作品はそうではありません。
色を重ねたり、削いだりしながら反復の中で生まれる微細な差異は、言葉ほど明確な輪郭を持ちません。昨日と今日で画面が劇的に変わるわけではなく、変化はほとんど目に見えない速度で進みます。
作品になるかどうかわからない。
けれど、パネルやドローイングのただ中に私は身を置いています。
風景を描いているとき、絵の視点「高さ」と「灰色」という言葉が浮かびました。
それは確かに言葉によって深めることも、探すこともできるはずです。
しかし、それらを定義しきってしまうことに、抵抗をしています。
言葉にしてしまえば、作品はその説明に沿うように整えられてしまうかもしれません。
まだ揺らいでいるもの、まだ決まりきっていないものが、早すぎる理解によって固定されてしまう可能性があります。
私はいま、その画面から「俯瞰する目」という視点を疑いながらも、そこから完全には降りていません。灰色を扱いながらも、それが何をもたらすのかを断定してはいません。
その曖昧さの中で手を動かしています。
言葉には、制作の長い沈黙が必要なのかもしれません。
理解よりも前に、言語化せずにする沈黙。
構造よりも前に、彷徨う時間。
今日の私は、まだ風景を見る高さを測らず、
作品が言葉を連れてくるまで、私は少し待とうと思う。
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2月24日更新📝【note:もうひとつのブログ】
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