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見えないものを描き、消えゆく今を刻む──二冊の本から届いた言葉

  • 2025年12月20日
  • 読了時間: 4分

📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。


制作の合間、私はよく本を開きます。


最近、私の創作の根底にある「見ること」と「残すこと」について、改めて深く考えさせてくれた二冊の本がありました。


今日は、ジャンルのまったく異なるこの二冊が、私の制作にどのような示唆を与えてくれたのかを、記録として書き留めておきたいと思います。


「見えないこと=不自由」という思い込みが、三冊の物語を通して静かに覆されました。全盲の白鳥さん、盲目の娘・おあいの姿から、「見る」とは何かを制作の視点で考察します。
《反転する風景》ドローイング

「見る」とは対話すること

📕『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』


一冊目は、川内有緒さんの『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』 です。


全盲の白鳥さんとともに美術館を巡り、隣にいる人が作品を「言葉」で説明しながら鑑賞していく過程を描いたノンフィクションです。


この本を読んで強く印象に残ったのは、視覚情報を持たない白鳥さんの方が、作品の本質に深く触れているように感じられる瞬間がある、ということでした。


私たちは日常的に「見ているつもり」で、実は表層的な情報だけを受け取って満足してしまっているのかもしれません。


白鳥さんとの対話を通して、作品は「物」ではなく、誰かと分かち合う「経験」へと変わっていきます。


制作においても、「目に見える美しさ」の先にある、言葉にしきれない感覚や温度を、どうすれば作品として届けられるのか。この本は、その問いを静かに投げかけてきました。


💬この本を読むとアート鑑賞の奥行きがどんどん拡がります


 盲目の娘が支えた「浮世」

📘『阿蘭陀西鶴』


もう一冊は、朝井まかてさんの『阿蘭陀西鶴』。


江戸時代の浮世草子作家・井原西鶴とその娘・おあいの物語です。


作中に登場する娘・おあいは、盲目でありながら、幼い頃から家事全般を母から厳しく仕込まれ、父と二人で生きていきます。


母を若くして亡くし、弟たちは跡取りとして家を出され、残されたのは父と娘の二人。


おあいは身の回りのことをすべて担い、父・西鶴は俳諧や文学の仕事に打ち込み、次第に名を成していきます。


目が見えない女性が、生活を支え、父の仕事を支える存在として描かれているこの物語は、単なる「不自由さ」の物語ではありませんでした。


西鶴は移ろいゆく江戸の町、人々の欲や哀しみ、一瞬で消えてしまう「浮世」を、驚異的な速さで言葉に定着させていきました。


その傍らには、「目に見える世界」を言葉にする父と、それを「手触り」と「音」で支える娘の、静かな共鳴があったのです。


💬朝井まかてさんの偉大な父と娘を題材にした作品は他にも「眩」があります



三冊の物語が繋がる「感覚の地図」


さらに言えば、谷崎潤一郎の『春琴抄』も含めて、私の中ではこれらの作品が、どこかで静かにつながっています。


これらの本に共通しているのは、「目が見えない人」を特別な存在として描きながらも、決して弱者としてのみ扱っていない点です。


私たちはつい、「見えないこと=大きな不自由」と考えがちですが、当事者にとっては必ずしもそうではない場合もある。


むしろ、見える世界の情報量の多さの方が、不自由に感じられることすらあるのだと知りました。


絵を描く仕事をしている自分にとって、「見ること」は切り離せない大きな要素ですが、おあいの物語は、「見る」とは目だけでするものではないということを教えてくれます。


💬谷崎作品の中で一番好き



見ているようで、見ていない私たちの眼差し


私は視力があまり良くなく、眼鏡がなければ、ほとんど何も判別できません。


もし眼鏡を外した状態で絵を描いたら、自分の描いたものをどう判断するのだろう、と現実的に考えることもあります。


一方で、普段から私たちは「見ているようで、実は見ていない」ということも多いのではないかと感じています。


じっと観察しているうちに、「自分はいったい何を見ているのだろう」と分からなくなる瞬間があります。


そこには、目の前の対象だけでなく、記憶や妄想、イメージ、フラッシュバックのように立ち上がるものが混ざり込んでいるからです。



見ることは、身体全体の仕事


何かを「きちんと見る」という行為は、目だけで完結するものではありません。


頭を使い、身体を使い、集中し、問いを持ちながら、全体で向き合う行為です。


たとえ目が見えなくても、音、匂い、気配、空気の揺れ、ほんの小さな違和感。


そうしたものを通して、私たちは世界を感じ取っています。


見えていても、見えなくても、世界と対話し、その本質に触れようとする感覚の根は、案外同じところにあるのかもしれません。


これからも、「目に見える以上のもの」を、作品の中にどう込めていけるのか。制作とともに、探求していきます。



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