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2026展覧会レポート#38|生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ@国立新美術館

  • 2 日前
  • 読了時間: 6分

📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。


針と糸が生む服は、着る人を変えるのか。

それとも、着られない者の目さえも変えてしまうのか。



2026年4月15日(水)~2026年7月 6日(月)|「生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ」|国立新美術館
2026年4月15日(水)~2026年7月 6日(月)|「生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ」|国立新美術館

個人的に、テーマを決めて美術展を巡る「針と糸を巡る旅」というシリーズがあります。

今回はシリーズのタイトルにふさわしい「針と糸」にちなんだ服飾の展覧会に向かいました。国立新美術館生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ展覧会レポート始めます。



予習と雨の日


某日、それまで猛暑日も観測したくらいの気温の高さを更新したのに、その日は打って変わって朝から雨降りで、空も灰色で肌寒い。

会場へ向かう前に、この展覧会を紹介したテレビ番組を見ました。


森英恵のデザインには「蝶」が要として繰り返し現れます。変容の象徴であり、同時に故郷・島根の山間に生まれた森にとって、幼い頃から目にしてきた原風景そのものでもあります。根っこと飛翔が、一枚の翅に重なっている。

その蝶を頭の片隅に置いたまま、会場へ向かいました。



1$ブラウスの屈辱と決意


番組の中盤で、森がニューヨークを訪れた際にデパートの地下売り場で「1$ブラウス」というバーゲンセールに日本のブラウスがかごに入れられて売られているのを目にし、悔しくて涙が出そうになったというエピソードが紹介されていました。

その屈辱が、森にアメリカでの挑戦を決意させました。

デパートの最上階で展示をすること。そこは高級服を売るフロア。本展の入り口には、その1$ブラウスのエピソードがまず最初に写真パネルで紹介されています。

そこから森の作品が始まる構成です。



映画衣装から世界へ

展示の流れ


第1会場は、駆け出しの頃に手掛けた映画衣装を、当時の映画を上映しながら展示しています。石原裕次郎主演『狂った果実』で着られていたアロハのような半袖シャツは、赤い下地に白い花をあしらったトロピカルなデザイン。

モノクロスクリーンでも柄がはっきりとインパクトを残します。


第2章「アメリカの森英恵」へと進むと、1965年のニューヨーク・コレクション・デビューで森が用いた帯地、縮緬(ちりめん)といった日本の伝統的な絹織物、ジャパン・ブルーと呼ばれる藍染の布地、西陣織の帯をそのままコートに仕立てた作品などが、マネキンに着せられて360度ぐるりと見て回れるように展示されています。

色鮮やかで贅を尽くしながらも気品と強さを感じさせる。

金や赤、藍色。ビビッドというよりは、浮世絵のような色調です。



火花が散る

色彩との衝突


雨降りの曇り空の下を歩いてきた目には、会場全体は鮮やかすぎるほど。

いや、単純に天気のせいでもなく、淡々と日常生活を送るルーティーンの毎日からしても、この色彩と光沢と、透ける素材やドレープや重なりは、服が発散する喜びや自信や誇りが、パチパチと火打石から飛び散る火花として、両目のガラスの曇りを吹っ飛ばします。


会場を進むにつれ、これらの洋服を着られる人は限られていること、特権的な服であることも、いつのまにか忘れてしまいました。


オートクチュールのドレス、資料、初公開となる作品を含む約400点。マネキン一体一体が纏うドレスは、優雅で、雅で、美しさや明るさ、華やかさや繊細さやセクシーさ、気高さ、儚さを帯びています。スパンコールやビーズ、ドレープ、糸やモチーフに込められた願い。


着てみたい。触れてみたい。



裏側を見せない

ミナ ペルホネンとの対話


そこで想いを巡らせたのは、今年みたミナ ペルホネンとの違いです。ミナ ペルホネンは、服作りをする人(工場で働く人や使う道具や服作りの過程)の裏側をフィーチャーしていました。森の展覧会は裏方の部分は見せない。完成したものだけを見せる。しかしどの服にも、森が目指しているものが行き届いています。


「ヴァイタル」—快活で、自立して、努力を惜しまない、生命力に満ち溢れた女性像を掲げてものづくりをしています。森自身も『あしたのデザイン』(新潮文庫、1982年)にこう記しています。


「私は夫を愛していたから、彼を助けてやっていくけれど、それはそれで、ただついていくだけではいやだと思った。自分で選んで、きめて、歩いて行く道がほしいとデザイナーへの扉をたたいたのである。」森英恵『あしたのデザイン』新潮文庫、1982年、p.12


森自身が家庭と仕事を両立しながら、自立した女性を地でいったのです。海外渡航を繰り返す多忙な日々で、海外を見ながら日本女性へのまなざしも磨かれていく。JALの制服をデザインしたときのことも同書に書かれています。(同書、p.28)


時代が変わるにつれて着る人たちの声を反映すること——それは社会の移り変わりを映すことだと。日本の女性が「かわいい」から「大人っぽいもの」への嗜好へ変化したことへの感慨深さも語られています。


森の使う色や素材は、女性の華やかさや美しさを引き出すだけでなく、根本的な部分、精神性や内面の深いところで声援を送る声が聞こえてくる。



蝶はわたし?

ドレスが肯定するもの


わたしはドレスを見るにつれ、自分自身が肯定されている感じがしました。

もしかしたら着ている時間、その瞬間だけは、布が「ヴァイタル・タイプ」としてわたしを包んでくれるのだという感覚。生き生きした自分になれるかもしれないという期待。

自分は誰なのかという問い——根源的な部分に触れるような。

これは、メタモルフォーゼの象徴として森のデザインの要にある「蝶」と重なります。

蝶は自分なのだ、と。



浴びて、生まれ変わる


HANAE MORIブランドを一着も着ることなく、触れることもなく、きっと一生着る機会はないけれど。

しかしそれは、この展覧会の限界ではなく、むしろその意義そのものではないかと思う。パリコレの会場も、ニューヨークのショーも、訪れることができる人は圧倒的に少ない。


着られない、手が届かないものだったオートクチュールや、パリコレといった世界が、美術展という公共に開かれた場所へ移動することによって、少なくとも会場に来た人は、森が本場で戦った実物と対峙しました。それは決して小さなことではありません。


こうして圧巻のルックを一堂に集めて「浴びる」こと。

会場を出た後、メタモルフォーゼ——生まれ変わりとして、外の風景も、わたし自身もまた、違った風景の一部になる。


朝の雨の色、匂い、水の冷たさや濡れたワンピースの裾は、森のデザインした絹のドレスのように、無彩色から有彩色へ、その循環は風車のように吹く風によって滲み滴る。


会期:2026年4月15日(水) ~ 2026年7月 6日(月)

会場:国立新美術館

開館時間:2026年4月15日(水) ~ 2026年7月 6日(月)休館日:毎週火曜日*ただし5月5日(火・祝)は開館

入場料:2,200円



🪞展覧会の概要・会場構成


♦展覧会の概要

本展はオートクチュールのドレス、資料、初公開となる作品を含む約400点を通じて、森のものづくりの全貌を明らかにします。デザイナーとしての表現だけではなく、生き方とその創造の根幹にまで迫る機会となっています。

展示は5章構成で、森英恵のキャリアをほぼ時系列に追う構成になっています。


♦会場構成(5章)

第1章「日本の森英恵」

第2章「アメリカの森英恵」

第3章「ファッションメディアの先駆者としての森英恵」

第4章「オートクチュール」

第5章「交流」&エピローグ



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