2026展覧会レポート#68|坂田和實の眼 見るための布@坂田室 新潮社soko
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「針と糸を巡る旅」と称して、針と糸・刺繍・服飾・テキスタイル・手仕事・暮らしと美をテーマに、美術館や展覧会を巡るシリーズをnoteで行っています。
針でも、糸でも、土でも、木でも、人の手が素材に触れ、時間をかけて生まれるものへの眼差しが、このシリーズを動かしています。
今回は新潮社soko「見るための布」展へ行ってきました。

会場は古いビルの3階にありました。コンクリート打ちっぱなしの壁に、塗装の剥げた階段。レトロな雰囲気と古さの中に、どこか気品のある趣きが漂っています。階段を上がると、中央はがらんとしたフロアで、長机と椅子が置かれ、左右にひとつずつギャラリーがありました。向かって右側が「坂田室」です。このコンクリの壁と天井は、もともと新潮社の出版書庫として使われていた場所です。
坂田室は、故・坂田和實(1945–2022)が選び、残した品々を通して、彼の美意識や思想を体験するための展示空間です。運営しているのは、『工芸青花』を刊行する新潮社・青花の会です。
青花の会自身は、坂田室を次のように位置づけています。
坂田さんがえらんだ物、のこした物を展示公開することで、彼の美学、思想──「なんともないもの」こそ美しい──にふれる、体感する場す。
坂田は晩年、青花の会と「布の本」をつくろうとしていました。代表著書『ひとりよがりのものさし』も、実は「布」から始まります。公式HPは
と問いかけています。
出品作品は62点。最も古いものは6〜11世紀の「アンデス絞布裂」で、ほかに野良着、袈裟、帯、股引、背当、足袋、酒袋、座布団、帽子、手袋、鞄などがあります。コーヒー用のネル布や儒学者用の帽子、絞りのおしめ、雑巾、漆の拭き取り布、玩具(ミット)まで並んでいました。
どれも茶色や生成り色の、色褪せた品々です。藍が使い込まれてオールドジーンズのような風合いになっていたり、つぎはぎがパッチワークのようになっていたり。それ自体が、古さと使い込まれた最後の姿として、やさしく展示されていました。後世の人々(坂田やギャラリーの方々)、そして当時それを身に着けて生きていた人によって、大事に保存されてきた品々です。
藍色が色褪せた野良着は、つぎはぎされてはいるものの、滲みや汚れは確認できませんでした。それを残さぬよう、しっかりと手洗いした人の手。盥に水を張り、洗濯板でごしごしと力を込めて汚れを落とし、干す。日常生活の一端の物語を見た気がしました。使い込まれた布のやわらかさや薄さ、しっかりと厚みのある布は、身体を守り、命を守ってきたのでしょう。肌に直接触れるものだからこそ、人々が暮らした毎日を記憶した布になっていました。
小さな同系色の布をつぎはぎして縫う糸の、可愛らしい点線には愛情を感じました。装飾的な刺繍でも、芸術でも、呪術でも、宗教的な記号でもない、ぽつぽつとした朴訥な点線です。地味で渋く、主張も意味もない色の布に、隠れるように縫われた糸もあれば、ほつれないよう丈夫にと、しっかり生真面目に縫い付けられた麻のような糸もありました。
無骨なコンクリの空間で作品を見せるには、それに負けない芯の強さが必要です。その点、今回の布は、ものとしての重みと歴史を備えていました。会場は、それだけで人が作ったものだけではない空間になっていました。確かに展示品は人が作ったものですが、使い、洗い、干し、たたみ、繕い、保存し、年月を経たぶん、動物の革のような風合いのものも、石のような自然物に見えるものもありました。
展示品は、直接コンクリの床に置かれているものもあれば、畳の上に置かれているものもありました。畳に畳縁はなかったと思います(記憶が定かではありませんが)。そこには雑巾が3枚置かれていました。今でこそ雑巾は白くて、100円ショップで売っているものですが、ここにあるのは、藍色の薄手の布巾のような品でした。ぽつぽつと縫い糸が入り、手に収まるサイズで、いかにも使い勝手がよさそうです。どこでもこまめに拭いて、質素だけれど小ぎれいにしている、日本の家の中を思い起こしました。おしめも、シミひとつなく、布の白さと薄緑色、水色の模様がきれいなままでした。使い捨てのおむつの肌触りと、どちらが心地いいのだろうと考えてしまいます。
わたしは坂田和實という人を知りませんでした。そして、こうした古道具や、人々が生活の中で日常的に使っていた品々に、時間をかけて会いに行くということもありませんでした。サイズアウトした洋服は友人に譲り、譲られ、最後は破棄します。ごしごし洗って汚れを落とすより、染み抜きスプレーをかけて洗濯機に入れます。針と糸の展示というと、その芸術性や技巧の高さ、細かさ、装飾や祈り、思想としての素晴らしさを求めてしまいます。けれど坂田が集めた品々は、そうしたものから遠い場所にありました。一朝一夕には達しえない積年の重みと、奇を衒わない実用品としてのたたずまい。実用品という言い方はよくないかもしれませんが、求めすぎず、足るを知る、ということでしょうか。美術館で見たら良さが薄くなってしまいそうな品々です。
固定された「かたち」のない布は、暮らしの中で、その用途によって素材を選び、かたちを変えてきました。折り、掛け、広げる。洗われ、干され、繕われ、破れる。その痕跡と、人の手が重ねた時間が、ここで「見るための布」になったのです。
坂田室だからこそ、想いを馳せられる。そう感じた展覧会でした。
会期:A|2026年7月24日(金)-7月25日(土)
2026年9月23日(水)-9月24日(木)
B|2026年7月26日(日)-8月7日(金)
2026年9月25日(金)-10月7日(水)
C|2026年8月15・16・22・23・29・30日
2026年9月5・6・12・13・19・20日
2026年10月17・18・24・25日
2026年11月2・3・7・8日
A(青花会員のみ、予約優先・定員制):9/23〜24
B(予約優先・定員制):9/25〜10/7(休廊9/30)
C(予約不要・定員制):10/17・18・24・25、11/2・3・7・8
休廊:7月31日/9月30日
時間:12-18時
会場:坂田室 東京都新宿区矢来町71 新潮社 soko3F(神楽坂)
入場:1,000円
🪞坂田和實 について・会場構成・主な出品作品について
坂田和實 (1945-2022)
骨董商。1945年福岡県生まれ、2022年に東京都で亡くなりました。
上智大学卒業後、商社勤務を経て、1973年に東京・目白で「古道具坂田」を開店しました。
欧州、アフリカ、朝鮮、日本、南米など、各地の品を扱いました。
1994年、千葉県長南町に「美術館 as it is」(設計:中村好文)を開館しました。
2012年、渋谷区立松濤美術館で「古道具、その行き先―坂田和實の40年」展を開催しました。
著書に『ひとりよがりのものさし』『古道具もの語り』などがあります(新潮社刊)。
「利休・柳(宗悦)・坂田」と並べて語られる、日本文化の革新者とされています。
坂田室が掲げる美学は、「なんともないもの」こそ美しいという考え方です。
展示内容
「古道具坂田」由来の染織品が約70点、古今東西から集められています。
坂田が最後に作ろうとしていた本が「布の本」だったことから、「布」を主題にした展示です。
月森俊文氏の解説によると、コプト裂、ペルーの布、日本の戦国期の旗指物、アフリカのラフィア布の「四枚の布展」を構想していたそうです。
一方で、おしめ、肌襦袢の端切れ、繕いのある酒袋、雑巾といった、骨董の世界では見過ごされがちな身近な布にも目を向けていたとのことです。
解説では、使い込まれて藍が薄れた絞りのおしめが、室町期の絞り裂や旗指物に並んで見えてくると述べられています。
掲載されている出品例(キャプションのみ)
木綿裂(江戸末〜明治)
帽子(エチオピア、20世紀)
刺子履物(昭和)
アンデス絞布裂(ペルー、6〜11世紀)
坂田室の外観写真も掲載されています。
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