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Carpe diem——一日一日を摘め。ー2026年5月後半の読書から。

  • 5 日前
  • 読了時間: 6分

📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。


2026年5月後半の読書から、印象に残った三冊をご紹介します。


本はスキマを埋めるだけではない。知識を取り込むだけでも、娯楽だけでもない。今の自分の状態で引き寄せられる本があり、読んだ後に何かが変わっている。

そのことを、5月後半の三冊(いずれも韓国の著者による作品)があらためて教えてくれました。


一冊は本とコーヒーと人のつながりが、傷ついた人々をそっと外へと開いていく、温かな書店の物語。

二冊目は社会の中で積み重なる女性の息苦しさを、淡々と、しかし確かな重さで描いた物語。

三冊目は既成の枠にとらわれず「自分らしい暮らし」を選んだ二人の女性による、ユーモアがある率直な記録。


💬これまでのご紹介した本はこちらからどうぞ。



📚どこから読んでも、どこで閉じても、ヒュナム洞書店はそこに在る——本と人をつなぐ、韓国発の温かな物語。

『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』

著者:ファン・ボルム 翻訳:牧野美加

出版年:2023年

出版社:集英社


2024年本屋大賞翻訳小説部門第1位を受賞した作品です。

本屋とコーヒー、小さな街の独立系書店を舞台にした人々の交流と成長を描いたヒューマン小説。

この本を開いたとたん、その舞台にすっと没入できます。会社を辞めたヨンジュが追い詰められるように書店を立ち上げ、最初は心ここにあらずだった彼女が、アルバイトを雇い、イベントを開催し、徐々に店も人も活き活きと変わっていきます。就活に失敗したバリスタのミンジュンもコーヒーを介して自分を見つけていく。

印象的なのは、ヨンジュがお客さんに本を勧めてほしいと言われる場面です。そこで彼女は気づきます。お客さんにとっての「良い本」を推薦するには、客観的な目が必要だと。その気づきから、ヨンジュは外へと開かれていきます。

章ごとに短編のような独立したストーリーが並び、どこから読んでも、どこで閉じても、ヒュナム洞書店はヒュナム洞書店としてそこに在る。

その佇まいが心地よい一冊です。書店とコーヒーと小さな愛らしいイベントが好きなあなたにぜひ。




📚ふつふつと小さな杯から零れるように。

『82年生まれ、キム・ジヨン』

著者:チョ・ナムジュ 訳:斎藤真理子 

出版年:2018年

出版社:筑摩書房 


韓国でこの本が刊行されたのは2016年のこと。出版からわずか2年余りで100万部を突破し、社会現象と呼ばれるほどの話題作となります。現役の国会議員が300冊を購入して議員ひとりひとりに配る。人気女性アーティストがSNSでシェアしたところ、炎上する。フェミニズム文学として、女性だけでなく男性の読者にも大きな反響を巻き起こした作品です。


物語の主人公は、1982年生まれの韓国人女性・キム・ジヨン。

「キム・ジヨン」という名前は、この年に生まれた韓国の女性のなかで最も多い名前だという。どこにでもいそうな、ごく普通の女性の半生。誕生から学生時代、就職、結婚、育児を、精神科医のカルテという体裁で振り返っていく構成です。


読んでいて、息が詰まるような感覚がありました。

わたし自身、主人公とほぼ同じ時代を生きてきた女性として、この本は自分の人生と社会的背景を初めて客観的に見つめ直す機会になりました。親戚縁者から、両親から、当然のように受け継がれてきた価値観。「常識」として疑うことすらなかった偏見。女性を軽視するまなざし。セクハラ、モラハラ——当時のわたしはそれを問題として認識することもなく、ただ受け入れていました。そのことに気づいたとき、口をぽかんと開けたまま固まってしまうような気持ちになりました。自分の無知さ、無学さへの驚きとも、恥ずかしさとも、怒りともつかない感情が、ふつふつと小さな杯から零れるように溢れてきました。


この小説には、救済もない。絶望もない。感動的な結末も、鮮やかな逆転も描かれていない。主人公がこれからどのような選択をして(あるいはさせられて)生きていくのか、一切示されていません。あるのは、ただ社会の現実だけ。その潔さが、かえってずしりと重く心に残ります。



📚この形で生きる。

『女ふたり、暮らしています。』

著者:キム・ハナ、ファン・ソヌ 訳:清水知佐子

出版年:2021年

出版社:CCCメディアハウス


こちらは小説ではなく、エッセイ。

気の合う友人を「人生のパートナー」として選び、共に暮らすふたりの日々を綴った一冊。著者のキム・ハナとファン・ソヌは、ともに1976〜1977年生まれ。似ているようで真逆の性格を持つ同世代の女性ふたりが、マンションを折半で購入し、猫4匹とともに共同生活を始めた。


このふたりが選んだ暮らし方は、「結婚」でも「シングルライフ」でもない。単なるルームシェアでも、ましてや恋愛関係でもない。互いの良いところも、受け入れがたい部分も、折り合いをつけながら共存していく——そのプロセスが、ユーモアたっぷりの本音の言葉で綴られています。


感覚の違い、環境の違い、性格の違い。片方が几帳面なら、もう片方はおおらか。片方が料理上手で、片方は後片付け上手。そうした「違い」と向き合いながら、同時に好きなものや楽しいこと、共鳴する感覚も同じだけ存在します。踏み込んではならない領域はどこか。ケンカをした後、どうやって関係を修復するか。他者と生きるということの、細部と本質がそこにありました。


このエッセイが韓国でベストセラーになったのは、ただ「変わった生き方」を紹介したからではないと思います。ふたりが1976〜1977年生まれという世代を考えると、その選択が持つ意味の重さが見えてきます。先に紹介したキム・ジヨン(1982年生まれ)よりも5〜6歳上の世代。彼女たちが若かったころの韓国の労働環境、家庭環境、社会的背景を想像すると、ふたりが「この形で生きる」と選び取ったことがどれほど意表を突くものだったか!

そしてどれほどの覚悟を要したものだったかが、伝わってくるのです。



三冊を並べて


この三冊は、韓国の現在地を示しています。

読んでいると「これは自分のことだ」と感じる瞬間が何度もあります。それは共感を超えて、国境を越えた連帯のようなものです。ひとりで抱えていたもやもやが、別の言語で、別の誰かによって、果敢に言語化されている。その瞬間の静かな驚きが、韓国文学を読み続ける理由のひとつです。


自分の目で現実を見て、自分の言葉で語ること。先のことはわからないけれど、今の自分にとって最善の選択の時期を逃さないこと。先のことには柔軟でいること。そして一日一日を生きること。


「一日一日を摘め(Carpe diem)」


その言葉がふとよぎる。

5月の終わりの午後1時、カーテンを揺らす風にと共に。



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