心地よいと、呪い。|千早 茜『西洋菓子店プティ・フール』、『さんかく』を読んで
📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。
千早茜さんの本を読み進めています。
今回は千早作品の中でもスイーツや食べ物がたくさん出てくる物語を2冊読みました。
「視覚だけではなく、触覚・嗅覚・味覚など五感を使って書く」ことを意識している著者の食べ物の描写は、官能的で、美しさや愛おしさを持って文字から香りたちます。
食材と食材の組み合わせや、色といろ、歯ざわりと触感は、五感の塊である身体にすっと入り込んできます。
まるで絵画や芸術作品と同じくらい、情報だけではない視覚的なセンサーに響いてきます。
今回の2冊、男女の名付けられない関係のあいだに、食べることと、料理された食べ物が存存在感を持って描かれています。
📚白さの中の血脈
『西洋菓子店プティ・フール』
著者:千早 茜
出版年:2019年
出版社:文春文庫
スイーツは一瞬の美しさと夢と幻を見せてくれるもの。
どんなに心が荒んでいても、それがあれば満たされる。
文庫の表紙は西淑さんの装画。美しく品のある絵にうっとりします。
本の装丁や装画も、読みたくなる大切な要素です。
物語は、パティシエールの亜樹が、フランス人パティシエの有名店を辞めて祖父の店を手伝うところから始まります。亜樹は製菓学校を出ておらず、たたき上げでパティシエールになった人。フランスへの留学経験もありますが、昔ながらの菓子を作る祖父のもとで洋菓子を一から学び直します。
本作は6つの短編をまとめた一冊です。グロセイユ(赤スグリ)、ヴァニーユ(バニラ)、カラメル、ロゼ(ロゼワイン)、ショコラ(チョコレート)、クレーム(クリーム)——タイトルはすべてフランス語で、スイーツに欠かせない基本的な素材の名前です。そのタイトルに合わせて、亜樹をはじめ、祖父、婚約者、元後輩の男性とその彼女(未満)、夫婦仲の冷めた女性それぞれの物語が紡がれていきます。
祖父の菓子は毎日食べても飽きないシンプルなシュークリームや、銀紙に包まれたショートケーキといった昔ながらの味のお菓子。一方亜樹の作るスイーツは、素材や風味にこだわった複雑で刺激的なものです。しかしお店ではまだ商品化されていません。祖父の許可が出ないのです。
わたしもフランス菓子店でお菓子の包装やシール貼りなどのアルバイトをしていたことがあります。工房では何人もの若いスタッフが作業ごとに配属されて、ひとつのアントルメを分業で完成させていました。人の手で形となりショーケースに並んだスイーツは、スポットライトを浴びてツヤと輝きを増し、そこで初めて完璧な姿を現していました。
著者のスイーツの描写は官能的で、鮮烈です。生身の女性の肌の質感や、その白さの中にある血脈までも描写に重ねていきます。佇まいと美しさ、苦味、痛み、辛味、アルコールのクセ——ただ甘いだけでない、亜樹の作るフランス菓子のような足し算の複雑さが読後感が残ります。
📚さんかくいもの。
『さんかく』
著者:千早茜
出版年:2019年
出版社:祥伝社
さんかくのたべもの。
さんかくのかんけい。
さんかくのかたち。
この物語を読んで先日終わった深夜ドラマを思い出しました。男女の関係は名付けられるものばかりではありません。異性だからといって、すぐに恋愛や性欲ある関係に発展せねばならない。という強制路線から離れてみます。
人の手で作られたご飯をあつあつのまま一緒に食べたり、食の好みが似ていたり、食べ物を囲んで食べるのが、どうしてこんなに心地いいのだろう。ある人にとっては呪いのように思えるのだろう。
登場人物は古い町屋に住むフリーランスの高村(こうむら)夕香と元・バイト先の後輩・伊東正和。正和の彼女の大学院生の華の三人の関係を”さんかく”にたとえながら進んでいきます。高村と華は寝食を忘れるほど打ち込める仕事や研究がありますが、正和は夢中になれるものがありません。可もなく不可もなく淡々と外回りする会社員です。
そんな高村と華は食事に関する姿勢は正反対。高村は、自分で稼いで選び、作り、すきなものを食べます。自立した人間であるという自負と誇りが見え隠れします。華は食べることに意識を向けるエネルギーのすべてを研究に捧げています。彼女の教授・堀も同じ界隈にいる人間で、若い頃は嗜好品に時間をかけることの意味がわからない。どんな意味や価値があるのか。と考えていたけれど、無駄だと思うことの中にヒントが隠されていることがあります。と付け足します。
正和は高村と同居してはじめて、作って食べることに目覚めていきます。正和が料理を始めるとき、仕事でも転機が訪れるのです。
華は堀の研究姿勢や食へのこだわりのなさを見て、研究一筋で生きていくことを決意し自分の気持ちを正和に伝えます。
三人のあいだには人間の三大欲望のひとつ・食への気づきが起点となり、それぞれの背中を押す物語になっています。
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