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反転する世界――ネガから浮かび上がるもの|朝井まかて『最悪の将軍』、多和田葉子『ボルドーの義兄』を読んで

5 日前
読了時間: 4分

更新日:3 日前

📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。


毎月定期的に読んでいる朝井まかてさんと多和田葉子さんの本をご紹介します。


朝井まかてさんは時代小説を書く作家です。江戸時代から昭和までを題材に歴史上の偉人の、その娘や妻にピントを合わせて書くことが多いのが特徴です。

女性の眼からみた歴史や、社会、風俗を描いています。

今回選んだのは『最悪の将軍』。歴史上の人物についた固定的な評価を、別の角度から見直した一冊です。


多和田葉子さんは、ドイツのベルリン在住で、ドイツ語と日本語どちらでも作品を発表している作家です。言語を移動することで生まれる違和感や、異文化の境界を独自の文学として描いてきました。今回選んだのは『ボルドーの義兄』。もともとドイツ語で書かれ、ドイツで発表された作品を、多和田葉子自身が日本語にしたものです。


どうぞお楽しみください。



📚中継ぎ

『最悪の将軍』

著者:朝井まかて

出版年:2016年

出版社:集英社


徳川幕府5代将軍・綱吉が主人公の歴史小説です。4代将軍・家綱が病死し後継として弟・綱吉が幕府を受け継いだところから物語が始まります。


「生類憐みの令」を発令し「犬公方」として記録されている綱吉。どうしてそう呼ばれるようになったのか。朝井まかての筆はそこに踏み込んでいきます。すると、見えてこなかった将軍の一種の厭世した心持ちと、その信念と意志が透けて浮かび上がってきます。


綱吉はまず市井の生活を詳しく調べます。すると略奪や殺人、不正や賄賂が蔓延り人々の生活を圧迫していました。綱吉は血なまぐさい「武断政治」から転換し、モラルや秩序を重んじ学問や儒教を学ぶ「文治政治」を広めるべく実行していきます。それはヨーロッパの国々に先じた改革でした。だからこそ人々はその改革の本質を理解できず歪曲し、「最悪の将軍」として言い伝えるのです。


綱吉の真の志と希望は、自分が中継ぎの将軍であることを深く心に刻みながら、「我に邪無し」と自戒し、生きとし生けるものを慈しむ気持ちを持つことが殺生をなくすためである。それが必要だと信じました——朝井まかては、将軍の座に就いた29年間の男の半生を、妻・信子の側からも語りながら丁寧に描き出します。



📚裏返すことで見えてくるもの

『ボルドーの義兄』

著者:多和田葉子

出版年:2009年

出版社:講談社


写真には「陽画(ポジ)」と「陰画(ネガ)」がある。私はこの二作品を読んでいて、ふとこの関係を思い出しました。


各断章にはタイトルとして漢字一文字が反転した形で付けられています。語り手・優奈の夏の出来事を記録していくのですが、物語という形式ではなく、同時進行する出来事が点と点のように断章として並べられていきます。自分の居場所や不在を暫定的に留め置くように、漢字一字にメモをする。わたしたちが日常生活で経験する意識の流れのように、記憶や感情や出会いは東西に揺れ動き、定まりません。バラバラに起きることが同時に進行している——それを漢字一字に託し、さらに反転させる。すると見慣れたものに違和を感じ、解読不能となるように脳はクラッシュします。


『ボルドーの義兄』の反転した漢字は、写真のネガに似ています。ネガはポジの単なる反対ではなく、ポジがあって初めて像として読み取ることができます。同じように、意味を反転させられた文字は意味を失わせるのではなく、むしろわたしたちが普段どのように文字を意味として読んでいるのかを意識させるものです。


多和田葉子にとって「異なるもの」は、既存の意味を否定するものではなく、既存の意味を浮かび上がらせるためのネガなのではないでしょうか。ひとつの像は陰と陽のふたつが互いに映し合っています。



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