top of page

身体と海の傷跡|千早 茜『グリフィスの傷』、『ひきなみ』を読んで

  • 11 分前
  • 読了時間: 4分

📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。


2026年7月Eテレで放送した『猫メンタリー ねこも、杓子(しゃくしも)。』に出演した千早茜さんの回を偶然見ました。猫二匹と千早さんとパートナーが暮らす様子を見て、そのセンスのいい暮らしぶりと佇まいから、同じ年齢くらいだろかと感じました。穏やかな日当たりのすっきりとした部屋には、本棚も本も見当たりませんでした。なぜかそれが気になってしまいました。(リビング以外にあるのかもしれない)


番組では、作品について「視覚だけではなく、触覚・嗅覚・味覚など五感を使って書く」とお話しされていました。それがどんなものかを読んでみたくなり、『グリフィスの傷』と『ひきなみ』を手に取りました。


読了後、ざらつきや違和を感じず、すっと肌に馴染む感覚が残りました。

そんな千早さんとの偶然の出会いでしたが、わたしにとって特別なものが著者と共通していました。それは誕生日が同じだったことです。



📚傷跡は残っていない。

『グリフィスの傷』

著者:千早 茜

出版年:2024年

出版社:集英社


10編が収められた短編集です。「傷」というタイトルが示す通り、裂傷、動物咬傷、低温熱傷、刺傷、刺青など、何かしらの傷を身体に残している人たちを描いています。読んでいてなんどもフランシス・ベーコンの絵が脳裏に蘇りました。


傷は人の記憶に留まり続け、消えず、本人が生きている間ともに呼吸をします。手術によって治療すれば塞がる傷もある。しかし皮膚の外側から身体の内側のある部分に達し、そこに触れるものがある。それは何か。


ひとつの物語を読み終えるたびに、目という器官から脳を伝ってわたしの内側に入り込み、記憶を呼び覚ます感覚がありました。左目と左耳の間にあった基底細胞癌のこと。傷跡は残っていない。こんなこと今更思い出しても、何を望んでいるのだろうとも思う。


思い出したところで、どんなアウトプットを望んでいるのか。少なくともわたしが手を使って紙の上に飛沫と線を描いてきた者であるならば——と、そこで止まります。千早茜が描く血の色や温度、その量や面積は、今まで読んできた血の描写のどれにも当てはまりません。そしてわたしがイメージする「血」とも違いました。


傷という身体の感覚を刺激する対象を描きながら、外側から内側へ、内側から外側へと脈打つように規則的なリズムで進む物語は、凪いでいたわたしという器を、重力という重みから解き放つものでした。



📚海にひかれたみち。

『ひきなみ』

著者:千早 茜

出版年:2021年

出版社:角川書店


両親と離れ、祖父母の住む島へ三ヶ月という約束で転校した主人公・葉は、島の男の子にからかわれいじわるをされます。そのとき一人の少女・真以が助けてくれたことをきっかけに、二人は行動を共にするようになります。葉は小学校を卒業し中学に進級してもなお、島に住み続けていました。


あるとき、脱獄犯の男性との接触が二人を引き裂いてしまいます。


それから20年後。葉は会社員になり、パワハラに遭い心身が壊される寸前でした。そんな時、真以と再会します。バラバラになっていた時間をひとつずつ確認するように、二人の距離はいつの間にか瞬く間に縮まっていきます。


「ひきなみ」は、船が通った跡のことをいいます。海に白い波が立ち、真以はそれを見るのが好きで、道のようだと言います。一見何も残さないように見える海の表面には、船の通った数えきれないほどの道がひかれています。


島はそこに住む住民の結束と連帯を硬く結びます。しかしその強力な磁場は、あちら側とこちら側に傷をつけるかのように境界を引き、縄張りと化します。はみ出た者は存在を否定され、隅に追いやられ、見えなくされる。島から少し離れた場所に追いやられた過去を持つ者を祖先に持つ真以も、その境界線の外側にいました。


葉と真以。二人が過ごした時間と、再び動き出した時間は、海の表面に刻まれた無数の航跡のように——儚くも消えずに、確かにあった証として、道なき道を進んでいきます。



あわせてどうぞ




コメント


bottom of page