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2026展覧会レポート#52|ロン・ミュエク@森美術館

  • 5 日前
  • 読了時間: 8分

📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。


ミュエクの作品は、人の世の途方もない諦念や連鎖する哀しみや憂いを、どの方角に向かって解き放つのだろうか。


森美術館「ロン・ミュエク」展へ満を持して見に行きました――と書きたいところですが、実は違うことを思っていました。わたしは現代アートが苦手です。流行に取り残されているような気分になるからです。なので、すこしだけ不安を感じながら出掛けました。


本展は7月上旬には20万人を突破する勢いを見せる展覧会です。それだけ話題なので、見る前からスマホの小さな画面で作品を目にすることもあり、どこか見た気になってもいました。


某日午前中、開館から30分後に入場すると、1作目〈枝を持つ女〉からすでに人が周りを囲んでいました。とかく全体をひと回りしてみても、どの作品も同じ状況でした。


人に囲まれた作品を見ると、それがより一層その作品を際立たせます。しかし少し時間を置いて第一会場へ戻ると、1~2人しかいない状況になっていました。そのとき、人がいない作品はそれ自体が置物のように、まるで蝋人形のように輝きを失っていました。

見られないということが、この作品群にとって一つの損失であるように感じました。



2026年4月29日(水) 〜9月23日(水) |「Ron Mueck ロン・ミュエク」|森美術館
2026年4月29日(水) 〜9月23日(水) 「Ron Mueck ロン・ミュエク」|森美術館


ロン・ミュエクについて


ロン・ミュエク(1958-)はオーストラリア出身、英国在住の具象彫刻を手がける現代アーティストです。30代半ばでアーティストとしてのキャリアをスタートしました。その前は、映画やテレビの特殊造形(クリーチャーや人形)の世界で20年以上キャリアを積んだ職人でした。本展は彼の11点の作品のうち6点が日本初公開となる貴重な展覧会です。1回目は2008年に金沢21世紀美術館で開催されたため、今回は18年ぶりの日本での個展となります。わたしはその2008年の展覧会を見ていないため、当時との比較はできません。



制作過程を記録した映像


鑑賞前に見ていた作品が、当然ながら会場にも同じものとしてありました。画面越しには読み取れなかったことをいくつか拾いながら見て回り、最後に設けられていたのは、制作過程の記録映像を上映するブースでした。このブースでは中に入りきれない人が外から立ち見をしていました。約47分の映像作品です。



見せる


今までであれば、制作過程は秘され、完成した作品のみを箱の中に展示するというような鑑賞のされ方が主だったように思います。わたしの美術鑑賞体験から言えることですが。しかし制作過程を記録し、それを見せることで、面白いものが見えてくる。もはや自撮りやカメラに撮られることが当たり前になった今、人は飾らない姿や、ありのままの姿(実際とは違う場合も多いでしょうが)を映されることに抵抗がなくなっているのかもしれません。



なぜ見入ってしまうんだろう


ショート動画が主流となり、編集すればほんの数十秒で作品が完成する様子を軽快な音楽と共に楽しむ時代なのに、こんなに変化のないルーティーンとスロウな時間軸を食い入るように見てしまうのはどうしてでしょうね。


世界の片隅の、決して広くはないスペースで、粘土を取ったり付けたり、何らかの溶剤を塗ったり拭ったりする淡々としたやりとりに、高校のアトリエでの実技の授業のときの秒針の進み方に似たものを感じて、なぜかグッときてしまいました。


時計の針がズレたような室内で、丹念に着々と形が出てくる様子。二人の助手のランチを準備したり、口数少ない3人で食べたであろう食事の様子が妙に頭にこびりつきました。



何を「つくる」のか


3人でつくる大小それらの作品から、人が「つくる」ことができるのは何だろうと考えました。ミュエクが作るのは、特殊な素材で精巧に人間を再現した彫刻です。


皮膚の皺、血色、爪の形やシミ、体毛、目線。


制作者はあくまで表面を作り込むことはできても、その内部は少し厚めの一枚の皮である。そして制作者ではない人間は、現実世界で圧倒的な力で破壊します。人間が美術館を舞台に作る「現」は「虚」であり、人々が生活する舞台を壊すことこそが「現」というわけです。


アートはつくりだすもので、決して壊すことではないかと思う。ミュエクは、ある場所に住むある人との関係に潜む背景をいくつかの問題ごとや条件に応じて大きく見せたり小さく見せたり、サイズに託しながら作り込むことはできても、決して壊すことはできない。


〈マス〉(2016-2017年)という、頭蓋骨100体によるインスタレーションがあります。現実世界には、紛争や戦争、領土争いによって命や場所が奪われ、「破壊」されていく現実があります。けれどアートにできるのは、その破壊そのものを起こすことではなく、破壊された「もの」の姿を、もう一度かたちにすることだけです。つまりアートは、すでに壊れてしまった現実を、あとから写しとることしかできない。


この「写しとる」という行為は、ミュエクの制作方法そのものにも重なります。彼は粘土で原型をつくり、そこに特殊な溶剤を塗って型をとり、そこから彫刻を仕上げていきます。型をとるとは、対象そのものではなく、その表面の形だけを、薄い皮のようにそっくり写し取ることです。アートもそれと同じように、現実そのものを動かすことはできず、ただその表面をなぞって、皮膜のような「仮面」としてもう一度差し出すことなのかもしれない。そんなふうに感じました。



空洞という仕掛け


先の映像作品ではミュエクは喋らず、意図や想いは各々が想像するよりほかありませんが、アートという枠組みの中で目の前の仕事に没頭し、その行為を俯瞰して溜息をついているような本人を想像してしまいます。


本展には〈マスクⅡ〉(2001-2002年)という、ミュエク自身の顔のマスクもあります。これは顔の皮そのものになっていて、その中身は空洞です。


こうした見せ方によって、実はどの作品も中身は空洞で、表層的なものにすぎないという認識を鑑賞者に与え、各作品を見て思索的になりすぎる深刻さを、うまくかわしているような気がします。それは作品の影響かもしれないし、そうであってほしいという願望も入っています。作品を作り続ける中で、以前より誇張した部分もあるのではなかろうか。


それが引き出される分、人間らしさは過剰と隣り合わせで、どこに行きつくのだろうかと興味を覚えます。近年は動物を拡大し、一色で彩色した作品や、群れ・行為・緊張状態などのより大きな空間表現を発表しているようです。



人間以外の質感をもった彫刻。

剥製とは違う立体になるとき、ミュエクは人の世の途方もない諦念と連鎖する哀しみや憂いを、どの方角に解き放つのだろうか。


【Ron Mueck ロン・ミュエク】

会期:2026年4月29日(水) 〜9月23日(水) 会期中無休

会場:森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)

開館時間:10:00~22:00※火曜日のみ17:00まで

入場料:平日2,300円 土日休日2,500円




🪞巡回・会場構成・出品リスト


巡回の経緯

本展は、作家とカルティエ現代美術財団との長きにわたる関係性によって企画されたもので、2023年パリの同財団での開催を起点とし、ミラノ(2023-2024年)、ソウル(2025年)を経て、森美術館で開催。東京では、森美術館とカルティエ現代美術財団の共催により実施され、日本では東京のみでの開催となります。


会場構成

本展は、初期作品から近作に至るまで、作家の制作活動全体を包括的に紹介する大規模な展覧会です。大型作品《マス》(2016-2017年)など作家の主要作品を中心に初期の代表作から近作まで11点を展示し、作品の発展の軌跡を深く洞察する構成となっています。


《マス》のサイト・スペシフィックな展示《マス》は巨大な頭蓋骨の彫刻100点で構成された作品で、作家はそれぞれの美術館の展示空間にあわせたインスタレーションを作り上げています。2017年のメルボルンでの発表以来、展示会場ごとに異なる形で展開されており、森美術館での展示も、ここでしか見ることのできない構成となっています。


《ダーク・プレイス》の展示手法中年男性の頭部が暗闇の中に浮かび上がる作品で、鑑賞者が近づき暗い入口に入ることでこの静寂な闇に包まれる構成です。鑑賞者は入口に留まるしかなく、彫刻の周囲を歩き回ることはできない設計になっています。


併設展示フランスの写真家・映画監督のゴーティエ・ドゥブロンドによる、作家のスタジオと制作過程を記録した写真作品と映像作品も併せて公開されています。



出品リスト(彫刻11点+映像)

  1. エンジェル(1997年)※日本初公開/個人蔵

  2. チキン/マン(2019年)※日本初公開/クライストチャーチ・アートギャラリー蔵

  3. ダーク・プレイス(2018年)※日本初公開/ZAMU(アムステルダム)蔵

  4. ゴースト(1998/2014年)/ヤゲオ財団コレクション(台湾)

  5. イン・ベッド(2005年)/カルティエ現代美術財団蔵(長辺650cmの大作)

  6. 舟の中の男(2002年)/個人蔵

  7. マスクⅡ(2002年)/個人蔵

  8. マス(2016-2017年)※日本初公開/ビクトリア国立美術館蔵(頭蓋骨100点によるインスタレーション)

  9. 買い物中の女(2013年)※日本初公開/タデウス・ロパック蔵

  10. 枝を持つ女(2009年)※日本初公開/カルティエ現代美術財団蔵

  11. 若いカップル(2013年)/ヤゲオ財団コレクション(台湾)


これに加え、ゴーティエ・ドゥブロンドの映像作品《チキン/マン》(2019-2025年、ハイビジョン・ビデオ13分)などが併設されます。総作品数が50点程しかないミュエクの彫刻作品のうち11点、そのうち6点が日本初公開という貴重な機会です。


公式の作品リストPDFはこちらから。



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