2026展覧会レポート#50|ジャッド|マーファ 展@ワタリウム美術館
- 7月12日
- 読了時間: 7分
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今回のワタリウム美術館での展示は、ジャッドがニューヨークを離れ、メキシコ国境に近いテキサス州マーファへ移り住み、街に残る建物を生活と制作の場として作り変え、恒久的な展示スペースを築き上げていった軌跡を紹介するものです。日本初公開となる初期の絵画作品や立体作品のほか、マーファに残された資料の数々も公開されました。
ジャッドの作品は、幾何学的で工業製品のような佇まいの立体に、ビビッドな色彩と無機質な素材が組み合わさって成立しています。それを鑑賞したあと、何をどう文章に書き残せるかという点では、正直なところ悩ましい。
学生の頃のわたしは、生々しい感情表現も具体的な事物の反映も持たない、ジャッドのストイックな立体にカッコ良さを感じていました。その冷たさと簡潔さが、むしろ心地よかったのです。
今回ワタリウム美術館では、初期のペインティングやドローイング、そしてマーファのパーマネント・インスタレーション(恒久展示)の製図まで、まとまって見ることができました。
💬言葉にするのが難しい、鑑賞になると思ったので事前に見どころをまとめてみました。

会場に入ってすぐに目を引いたのは、《無題》(1990年)、黒のアノダイズド・アルミニウムにブロンズ色のプレキシグラス、10ユニットの作品です。ワタリウムの吹き抜けのある空間との相性が良く、その場に収まっていました。写真でも見るよりも高さがあり、見上げてしまいました。またユニットひとつひとつも想像より大きく重さも感じました。
一方で気になったのが、展示環境との摩擦です。作品の配置にこだわっていたジャッドというイメージがあるので、作品が階をまたいで置かれていることや、また「これ以上近づいてはならない」との黒い柵のフレームが、作品の最小限の構成要素に書き加えられてしまっているように見えました。
さらに、コンクリートの柱に何枚も貼られた解説シートが、作品を「モノとして見せる」という感覚を薄めているように感じました。しかし、解説がなければ鑑賞への取っ掛かりが失われてしまうのも事実です。それくらい、ジャッドの作品はそれ自体が言葉を必要とする——いや、言葉がなくても会場にあるだけで成立させられるだけの「モノ」であるような、ないような。その不親切さがあってもいいような手前で、解説の有無について考えました。
会場には、イセタンザスペースで見たリトグラフと木製の椅子も展示されていました。家具はジャッドがマーファでの生活のために自ら作り出したもの。気に入ったものが市場になかったから、自分で作ることにした——という逸話は、彼の姿勢をよく表しています。
テキサス・マーファに作品を恒久設置したことは「視覚芸術、空間芸術をその場限りのパフォーマンスにしてはならない」と語っていることからも頷けます。作品を流通・販売・移動可能なものとして扱う商業美術界への、根本的な異議申し立てだったのです。
初期絵画のフロア
初期絵画のフロアは、率直に面白いと感じました。彫刻家や立体作品を作る人が描くペインティングが好きなので、ジャッドの絵画も興味深く見ました。配色のこと、フラットな面の上にオブジェのようにも見える形のこと——このまま大きなサイズで展開していったらどうなるのだろう、という想像を誘う面白さがあります。
しかし彼が絵画を手放した理由は、自身の言葉に明快に記されています。
「2つのことが起こっていた。第一に、初期の絵画のいくつかは有機的で曲線を含んでいたこと。第二に、それらはいくらかのイリュージョニズムを帯びていたこと。わたしはまったくもってこの2つに飽き飽きしてしまい、この空間的イリュージョニズムを取り除こうと試みたが、それができなかった(会場解説より)」。
平面にはどうしても空気感や奥行き、イリュージョニズムが漂ってしまう。それがジャッドの望むものではなかった。純粋に「もの」「素材」「物質」「物体」であるために、立体へ移行していく——その必然は、言われてみると深く頷けます。
マーファの資料・図面・映像
マーファのコーナーでは、ラフに描かれたクロッキーが白いマットと木製フレームに収められて展示されていました。マットのサイズとクロッキーのサイズが合っていないのか、紙がマットからわずかにずれていました。それが少し気になりながらも、線と面だけで構成されたスケッチを眺めながら、遮るものがない砂漠のような土地にこそ、ジャッドの最小限の面と線で作る作品が求められたのだろうと感じました。
1978年のドキュメント展示
ワタリウム美術館になる前、ギャルリー・ワタリとしていち早く日本にジャッドを紹介したときの、当時のギャラリーの模型と、その中のジャッド作品の配置まで展示されていました。わたしが生まれる前のことです。48年前の展示からジャッドとの交流があったことで、ワタリウム美術館がこの展覧会を開く意図には、そうした長い歴史的な背景があったのだと、改めて感じました。
見終えて
ジャッドの作品は、感情や情感、体感するときに生まれる人間的な感覚ーーいわゆる「ふんわりしたもの」をできるだけ排除し、現実的で無機質な、そのものの特質と特徴だけを前面に出そうとします。それだけの、といえばそれだけのことです。しかしそれを実現するには、作家の采配やこだわり、人間的な感覚というソフトな部分が、どうしても必要になります。
そして今回、もうひとつ新たな問いが加わりました。AIでも作品を作れるとき、ジャッドが持っていた采配や、無機質さや、モノの質感へのこだわりと、何が同じで何が異なるのか。もし異なるとすれば、それはなぜか。
ジャッドが残した言葉——「視覚芸術、空間芸術をその場限りのパフォーマンスにしてはならない」——は、マーファでの衣食住と制作と設置の実践によって証明されたものです。
AIが「かたち」を作れる時代に、その言葉の重さはむしろ人が動いて考えて実践しながらでなければうまれないものをあらわしている気がしました。
【ジャッド|マーファ 展】
会期:2026年2月15日(日)- 6月7日(日)⚠️〜7月12日(会期延長済み)
会場:ワタリウム美術館
開館時間:11:00 – 19:00
入場料:1,500円
🪞会場構成と主な出品リスト
会場構成(2〜4階の3フロア)
マリオ・ボッタ設計によるワタリウム美術館の3つのフロア(2〜4階)を使い、展示は多層的な構成をとっている。
2階:初期絵画 + 立体作品
2階で目を引くのは1950年代の絵画作品群。一部日本初公開となるこれらの初期作からは、抽象表現主義の影響下にあったジャッドが、いかにして独自の造形言語を獲得したかが伺える。1955年の作品に残る具象的なモチーフが、56年以降、抽象へと変化していく過程が同フロアで一望できる。また同フロアでは、アルミニウムやプレキシグラスを用いた代名詞的な立体作品も併設されており、2次元の平面における探求が3次元の物理的実体へと移行していった変遷を一つの空間で見渡せる構成になっている。
マーファ関連資料・ドキュメント展示
1950年代の初期絵画・1960〜90年代の立体作品に加え、ジャッドがマーファに残した空間について、ドローイング、図面、映像、資料を通して紹介する。
ワタリウム美術館との歴史を振り返るコーナー
1978年にワタリウム美術館の前身ギャルリー・ワタリにて開催された「ジャッド展」は、ジャッドにとって初来日となる重要な機会だった。その際の展示資料やカタログ・収蔵作品・ドローイングを紹介するドキュメント展示を通して、和多利志津子との交流を含む日本における受容の歴史も振り返られる。
出品作品
作品 | 年 | 素材 | 所蔵 |
《無題》 | 1955 | キャンバスに油彩 | ジャッド財団蔵 |
《無題》 | 1956 | — | ジャッド財団蔵 |
《ウェルフェア・アイランド》 | 1956 | — | ジャッド財団蔵 |
《無題》 | 1958 | — | ジャッド財団蔵 |
《無題》 | 1989 | — | 鹿児島県霧島アートの森蔵 |
《無題》 | 1990 | 黒のアノダイズド・アルミニウム、ブロンズ色のプレキシグラス(10ユニット) | 静岡県立美術館蔵 |
《無題》 | 1991 | 陽極処理アルミニウム、黄色に透明な琥珀色のプレキシグラス | ジャッド財団蔵 |
《15点の無題の作品》 | 1980–1984 | コンクリート | チナティ財団蔵(写真・資料として) |
《Front Shelf Chair 84-6》 | 1978 | — | — |
※完全な出品リストは公式サイトにも公開されていない。
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