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2026展覧会レポート#55|版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト@国立西洋美術館

  • 2 日前
  • 読了時間: 9分

📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。


上野国立西洋美術館では、17世紀オランダの巨匠レンブラントが生涯挑み続けたエッチングを、パナソニック汐留美術館では、パリに生きた日本人銅版画家・長谷川潔展が開催しています。


銅版画の大規模な展覧会が、同じ時期に重なって見られるというのは、なんとも嬉しい巡り合わせです。今年の夏の、大きな収穫のような展覧会だと感じています。


今回訪れたのは、国立西洋美術館で2026年7月7日から9月23日まで開催されている「版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト」です。レンブラントが実際に暮らした家を利用する、オランダ・アムステルダムのレンブラント・ハウス美術館と、レンブラントのエッチングを重点的に収集してきた国立西洋美術館が共催する企画展で、両館の所蔵作品に加え、国内外の美術館やコレクターの作品も加わり、レンブラントの銅版画とその後世への影響を総覧する構成になっています。



💬レンブラント展を見に行く前に見どころをまとめています。



国立西洋美術館「版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト」展のレポート。銅版画の技法や紙へのこだわり、実物の銅板との出会い、後世への影響までを体験ベースで綴ります。
7月7日(火)― 9月23日(水・祝)|「版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト」|国立西洋美術館

銅版画の技法とレンブラントの巨匠性


銅版画は決して派手さのあるジャンルではありませんが、黒一色と化学反応を起こしながら作り上げていくその作品には、小さなサイズの中にも一つの物語が閉じ込められていて、時を経ても色褪せることのない輝きが宿っています。


《百グルデン版画》《三本の木》《エッケ・ホモ》《聖ヒエロニムス》は版画の世界でも有名で、レンブラントの生前、百グルデン版画は当時でもその価値が認められ高額でした。私も銅版画工房へ通っていたとき、3大巨匠と呼ばれる画家の画集を驚嘆しながらうっとりと眺めていました。

エングレーヴィングはデューラー、エッチングはレンブラント、アクアチントはゴヤ。版画を始めるにあたってまずこの三種類の技法を学びます。銅版に直接鋼を刺して彫る彫刻的な技法「エングレーヴィング」「ドライポイント」「メゾチント」と、薬剤を使って化学反応を起こして刷る「エッチング」に分かれます。



会場の見どころ

動画・道具・実物の銅板


会場では、銅版画の制作過程を約4分の動画として紹介していて関心のある方がその画像に見入っていました。またその道具と銅板、腐食時間によって線の濃さがどう変わるかなども展示していました。それは銅版画という分野への入り口となっていて、これから始めてみたいと思う人が一人でもいたら嬉しいと思いました。


版画作品そのもの以外に、この展覧会で「来てよかった」と思えたお宝は、1-4章「銅板上のスケッチ」で見た、レンブラント実際の銅板です。1636年に制作された銅板そのものが展示されていました。版そのものを目にする機会はほとんどないため、これは本当にお宝だと思いました。薄く細く浅い線で腐食させた、妻・サスキアの習作が刻まれたものです。レンブラントの手が刻んだその線が、約390年前の銅板の上にそのまま残っている──それを前にして、目が釘付けになりました。



エッチングの深化

黒の表現


レンブラントのエッチングは、ドラマチックで、或る場面に自分が立ち会っているかのような迫真した臨場感をもたらします。有彩色を全て含んだ黒という色が、陰影表現だけを伝えるのではなく人間の心理描写や、絵でしか表せないものを宿しています。1625年頃にエッチングに着手したレンブラントは、その初期には約5×5cmの小さな銅板に自画像を描いています。技術習得のため、ジャック・カロをお手本に、旅回りの楽師や行商人、社会の周縁にいる人々を描きました。同時代の人々の姿をスナップ写真を撮るように銅板にしましたが、この頃はまだ、腐食時間と線の修練という要素が強いと感じました。


会場の前半にあたる章からは、銅版画習得のための作品ではなく、レンブラントがいかに銅版画を彼以外の人の追随を許さない境地へと昇っていったかがわかる作品の数々が揃っています。オランダのプロテスタント的なキリスト教を主題とする宗教的場面を人間ドラマとして描いています。


線を重ねて腐食時間をコントロールしながらつくる黒色、紙の滲みを活かした黒色、直接版に溝をつけて生(き)の黒色、インクの拭き取りの際に残すベールのような黒色。そのトーン、バリエーションが断然に増えて、手の内のマジックと転写というマジックが魅せる版画の面白さがこれでもかと、わたしたちの前に迫ってきます。


空気や気配、微風や人間の呼吸で揺れる微細な振動、揺らぎ、空気のうずまきや絡まりが、版画の中からすぅっと立ち昇ります。わたし自身もそこにいるかのような錯覚。一瞬の場面の中に、一瞬間も停止しないもの、同時にすべてが動き続けていることを閉じ込めているという永遠性。レンブラントはそれこそ、この同時に何もかもが動き続けてとどまってはいない、という自然を銅板を通して記録していきます。



紙へのこだわり


レンブラントがこだわり、同時代の他の画家たちはそれほど注目していなかったのが、刷る紙へのこだわりです。キャプションにはタイトルと制作年の次に技法が記されているのですが、その中に「シン・コレ」という文字が入った作品がありました。

これはフランス語で「中国の紙を貼る」という意味で、レンブラントが東洋紙(中国紙や和紙)を好んで使用していたことを示しています。東洋紙はインクを吸収しにくく、滲みや陰影のグラデーションを生み出します。


クリームや象牙色がかった紙の色合いが、レンブラントの作り出す世界を照らす光と響き合っていたのだろうと思います。1650年代にはすべての版画をまとめて東洋紙に刷っていた時期もあったそうです。日本とオランダの貿易を通じて日本の和紙が選ばれ、使われていたということに、少し誇らしい気持ちになりました。



ステートという手法


彼の特徴的なスタイルは、同じ版で何枚もステートを刷るということです。それは、一度刷り終わったらその作品は完成、ではなく刷った後で更に手を加えて場面を進行していくのです。

《三本の十字架》(本展では出品されていません)や《エッケ・ホモ》がそうです。こうして手を加えられた作品は第一ステートには戻れません。希少性も増しますが、手を加える毎に黒く深くなると同時に削り取られ喪失するものがあります。永遠に留めることが同時に動き続けることだということを、ステートを通した版画のバリエーションに見るのです。



 後世への波及


会場の後半は、レンブラントの版画がその後の作家たちにどう波及していったかを辿る構成になっていました。ゴヤ、シャルル・メリヨン、ホイッスラー、マネ、メアリー・カサット、ルドン、マティス、ピカソ、ジャコメッティ──銅版画・素描それぞれの分野で名を残した作家たちの作品が並び、レンブラントという一つの源から、時代も国も異なる作家たちの手へと表現がどう受け継がれ、形を変えていったのかを見ることができました。


国立西洋美術館が所蔵する版画コレクションの錚々たる顔ぶれを、レンブラント自身の作品と同時に、しかも一度に鑑賞できるというのは、なかなかない貴重な機会でした。前半でレンブラントの銅版画そのものに圧倒された後、後半でその余波の広がりを辿ることで、一人の版画家が切り拓いた表現の特異性と後世の影響を実感しました。



ステートに込められた作家性

自分自身の制作を振り返って


レンブラントがステートを重ねていく姿勢を見ながら、以前、ギャラリーで知り合った年上の画家と意見が分かれたことを思い出していました。


作品世界の時を止めるのではなく、進められるところまで進めて最後まで見届けるためにステートを重ねる――わたしはその考え方を肯定する側でしたが、その知人の画家は、ステートは重ねず一枚きりで作品を留めることを支持していました。


銅版画はどうしても後戻りができません。手を加えるたびに画面は黒く、溝は深くなっていきます。だからこそ、一瞬一秒の腐食時間のコントロールや、繊細な拭き取り、一本の線に至るまで、選択し決定することの連続です。

衝動的につくるというより、工程を決め、計算しながらつくる世界。完成した状態から逆算して描き、そこから徐々に組み立てていく作業です。


そして、刷るインクの黒の質感や、紙の厚み、色、風合いのこだわりが、その版画の世界そのものを形づくっていきます。緻密で密度が高く、湿り気を帯びた、質感のある刷られたばかりのような生々しい版画がうまれます。わたし自身、銅版画の世界は好きですが、自分でするとなると何か気質的なものも影響している気がして、今は取り組んでいません。



さいごに


言葉を失うというか、何を書いたらいいのか。


レンブラントの銅版画を見るのを楽しみにしていて、言葉が溢れてくるかと思えばそうではなく、圧倒され言葉に詰まるということが起きていました。


会期:7月7日(火)― 9月23日(水・祝)※月曜休館

会場:国立西洋美術館

開館時間:9:30~17:30(金・土曜日は~20:00)※入館は閉館の30分前まで

入場料:一般 2,200 円


🪞会場構成と主な出品リスト


第1章「レンブラント、版画の挑戦」5つの小テーマに分かれる。

  • 1-1|肖像と頭部習作 — 1625年頃から晩年に至るまでの肖像画・自画像。表情豊かな自画像が並ぶ

  • 1-2|社会的周縁者と庶民たち — 旅回りの楽師や行商人、無宿者などをモチーフにした作品群

  • 1-3|宗教主題 — キリスト教主題の作品群。代表作《百グルデン版画》を含む

  • 1-4|銅版上のスケッチ — 銅版をスケッチブックのように用いた即興的な習作群

  • 1-5|風景 — 1640年代前半と40年代末〜50年代初頭、二つの時期の風景版画


第2章「受け継がれる遺産─17-18世紀」17世紀にはレンブラントの弟子筋でも銅版画に取り組む者は少なかったが、18世紀にドイツを中心に模倣や「未完成作品の完成」といった動きが見られたことを紹介。


第3章「世紀を超えるインパクト─19-20世紀」エッチング技法そのものの19世紀的な再評価と結びつき、レンブラントのエッチングへの関心が熱狂的に高まった流れを、版画に加えて文学や批評も交えて紹介。



主な出品作リスト

作品

制作年

技法

所蔵

《百グルデン版画》(病人を癒すキリスト)

1648年頃


和紙にエッチング、ドライポイント、ビュラン

国立西洋美術館

《書斎の学者(ファウスト)》

1652年頃

エッチング、ビュラン、ドライポイント

国立西洋美術館

《自画像、口を開けた顔》

1630年

エッチング

レンブラント・ハウス美術館

《木製の義足をつけた貧窮者》

1630年頃

エッチング

レンブラント・ハウス美術館

《ヒョウタンを持つ貧窮女性》

1629年頃

エッチング

レンブラント・ハウス美術館

《カーテンの前に座る裸の男》

1646年

エッチング。弟子たちとの共同スケッチの場で即興的に制作されたと考えられる

《窓辺でエッチングを制作する自画像》

1648年

エッチング、ドライポイント、ビュラン/中国紙

レンブラント・ハウス美術館

(参考)シュミット《窓の蜘蛛を伴う自画像》

1758年

エッチング、ドライポイント

レンブラント・ハウス美術館(レンブラント作を着想源とした18世紀の模倣作)

企画は国立西洋美術館研究員の中田明日佳。



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