2026展覧会レポート#70|テキスタイル・アートを楽しむ ―現代の糸、布、繊維の芸術―@館林美術館
更新日:10月13日
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「針と糸を巡る旅」と称して、針と糸・刺繍・服飾・テキスタイル・手仕事・暮らしと美をテーマに、美術館や展覧会を巡るシリーズをnoteで行っています。
針でも、糸でも、土でも、木でも、人の手が素材に触れ、時間をかけて生まれるものへの眼差しが、このシリーズを動かしています。
今回は群馬県立館林美術館「テキスタイル・アートを楽しむ 現代の糸・布・繊維の芸術」展へ行ってきました。
テキスタイルという言葉には、織物、またはその材料である糸や繊維という意味があります。この展覧会は、現代になって制作されるようになった、糸や布、天然・人工の繊維などを素材とした美術作品を、国内作家11名の作品で紹介するものです。会場は作家ごとにブース分けされていて、床面積も壁面積もブースによってばらつきがあります。作品の展開のアプローチがそれぞれ違うので、歩き進めるのがたのしくなる構成でした。
会場は、わたなべひろこさんの真っ赤な作品から始まります。赤は命やエネルギー、血を思わせる特別な色ですが、布になった赤は、どす黒く生々しい鮮血でも、つややかで官能的な果実の赤でもありませんでした。暖炉の火のように、人を温めてくれる赤色でした。
入り口でジュニアガイドを手に取ると、11名それぞれの作品に一言のキャッチコピーが付いていました。抜粋すると、椿操「布と糸で描く」、小川倫代「のびる布のかたち」、佐久間美智子「雄大な自然を織る」、関島寿子「かごみたいだけどかごじゃない」、熊井恭子「金属の糸でつくる」、岡本直枝「歩き回る植物たち」、宮坂省吾「空気の色を染める」、牛尾卓巳「身を守るシェルター」、脇坂真祈子「はかないものの強さ」などです。どれも作品をよく言い表していて、順路のよい道しるべになりました。
なかでも、会場の中盤から後半にかけての3名の作家が、テキスタイル・アートの未知の広がりを感じさせてくれました。宮坂・脇坂・牛尾と続く並びは、この展覧会のハイライトだと思います。
宮坂省吾さんには「空気の色を染める」というコピーが付いています。
布には物質としての重みや厚みがあり、糸の種類や素材によって下に下がる重力には逆らえません。ところが宮坂さんの布は、その重力や土地から自由になっているように見えました。モチーフが球体や円、月であることも、その印象を強めています。水彩画のような滲みとグラデーション、オーガンジーのように風を通して透ける素材が、揺れて、流れて、浮遊します。根や土地に縛られない新しい世界が、この展示室の中に、思想的にも概念的にも広がっていました。
その隣が脇坂真祈子さんの作品です。レースのように繊細で、いたいけなカーテン《Morning Haze》があり、展示ケースには植物の葉脈だけを縫い合わせた作品(《星の群れ》など)が並んでいます。パステルカラーに染められたそれは、琥珀糖や金平糖のような菓子を連想させる儚さを持っています。
ただ、その儚さは弱さではありません。筋力の強さと違う、小さなものが集まったときの、しつこいくらいにしぶとい、しがみつくような強さを感じました。テキスタイル・アートには植物を素材に針と糸を刺すものも含まれるのかと驚き、新鮮さがありました。
次の牛尾卓巳さんの作品は、前の二人とは正反対です。
大きくて重そうで、どっしりとした戦闘服のような佇まいをしています。
タイトルは《Shelter》。その名のとおり、人間を外敵から守る防護服です。宇宙飛行士の宇宙服にも近く、着たら身動きが制限されるだろう。
見ているうちに、数十年前のパリのファッションショーを思い出しました。ずた袋のようなワンピースを着たモデルに、一枚ずつ服を重ねて着せていくインスタレーションです。着るほどに服の重みで立っていられなくなり、最後は頭部だけが露出した状態になります。体形は原型をなくし、太い木のように、あるいは棺桶のようになっていきました。無抵抗な人への静かな暴力にも、拷問にも見えるショーで、モデルは最後に涙を流していたと記憶しています。職業柄、表情を表に出さず、美しい姿でいることを求められる人です。その涙は、服の重みに対するものだったのか、過酷な時間そのものに対するものだったのかと、当時考えていました。
調べてみると、それはオランダのファッションデュオ、ヴィクター&ロルフが1999年7月、1999–2000年パリの秋冬オートクチュール・コレクション発表した「Russian Doll」でした。モデルはマギー・ライザー。デザイナー自身が一着ずつ衣服を重ね着させていくパフォーマンスで、最初はシンプルなドレス姿だったモデルは、服を重ねるごとに巨大なシルエットへと変貌します。最終的には70kgを超える衣服をまといました。
入れ子構造の人形「マトリョーシカ」に着想を得たこの作品は、衣服を完成品として見せるのではなく、「着せる」という行為そのものをショーの主題に変えました。ファッションとパフォーマンス、身体と衣服の関係を問い直す、ヴィクター&ロルフを代表する作品のひとつです。
ファッションとしての布、人の命を守りながら、同時に尊厳を奪いもする布。
テキスタイルをそこまで連想させてくれたのは、牛尾さんの作品が初めてでした。
テキスタイル・アートの意味や理解の幅を、大きく広げてくれました。
今回、見終わったあとに図録を買おうと思っていました。
作品はブースごとの配置や見せ方、作品の高さによって、見上げるものも見下ろすものもありました。天井から吊るされたり、天井近くに掛けられたりした作品が、空調や人の気配で揺れます。
床には自然光が反射し、作品の影が映ります。
縫い目の糸が道路のように点々と続く様子や、布の質感もそうです。金属のフレームを芯棒にして作品を被せているのを覗き込んだときの衝撃は、身体を通して感じる直接的なもので、図録にはどうしても写りません。作品が面白かっただけに、図録の作品をクローズアックしただけの写真は残念でした。
作家それぞれが作品をどうブースに活かしているかを味わう以前に、テキスタイルで作品をつくることへのアプローチそのものが、概念的にも思想的にも考えさせる作品が見たくなりました。「針と糸を巡る旅」の地平が、またひとつ広がった展覧会です。
会期:2026年10月10日(土)~12月13日(日)
時間:9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜(10/12、11/23は開館)、10/13、11/24
観覧料:一般850円、大高生420円、中学生以下は無料
🪞出品作家 ・展覧会概要・主な出品作品について
出品作家(11名・展示順)
わたなべひろこ/小川倫代/佐久間美智子/椿 操/関島寿子/熊井恭子/岡本直枝/宮坂省吾/脇坂真祈子/牛尾卓巳/貝塚惇観(かいつか あつみ)
いずれも現在活躍中の国内作家です。「織る」「編む」「縫う」「染める」「縮める」など、さまざまな技法による手仕事の作品が並びます。
会場構成
公式HPには章立てや展示室ごとの構成は掲載されていません。
わかるのは作家の展示順(上記①)のみで、出品リストにも「展示順と異なる場合があります」との注記があります。
作家ごとの展示規模は、出品リストの点数から次のとおりです(全102点)。
小川倫代:No.4~46(43点)。立体作品に加え、紙に描いた「瞑想描画」も出品されます。
脇坂真祈子:No.81~92(12点)
佐久間美智子:No.47(全12点の組作品)
椿 操:No.48~55(8点)。うち館林美術館所蔵が5点です。
主な出品作品
わたなべひろこ《Emotional Red cloth》1996/《赤の鼓動》1999/《赤の捻動》2000(綿、麻、金属糸ほか・手織)
小川倫代《ニューロンフローラ》2015/《Nの風景》2017/《沖縄の花・オオゴチョウ》2020/《舞う》2023(糸、綿ニット、PVC・オリジナルテクニック)
佐久間美智子《Breathing―呼吸》Ⅲ~Ⅶ 2018–2026(ウール、麻、シュロ、サイザル麻ほか・綴織、マクラメ、コイリング)
椿 操《対話Ⅱ》1995/《朝焼け》2004/《空(くう)に舞う》2010(布、糸・縫い、コラージュ)
関島寿子《面の数;6+3×3=15》2021(クルミ樹皮・組む)/《形容を染める Ⅲ》2025(苧麻、藍)
熊井恭子《雷神》2025/《風神》2026(ステンレススティール線)
岡本直枝《碧い夜》2011/《走る雨》2017/《Forestign》2021(ウール、麻・フェルティングほか)
宮坂省吾《CIRCLE WINDOW - UTAKATA -》2026(綿布、ナイロンほか・蝋染め)
脇坂真祈子《Morning Haze》2025/《whisper of the forest》2025(葉脈、ナイロン糸・切り抜き、手縫い)
牛尾卓巳《Shelter》シリーズ 2017–2026(綿、麻、ウール)
貝塚惇観《moody seeds in the shell》2018/《soil elements》2022(ウール・綴れ織り)
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