top of page

人生の終わりに食卓がある。|小川 糸『あつあつを召し上がれ』を読んで

2 時間前
読了時間: 2分

 📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。


わたしは映画でも映像でも、食べている人を見るとなぜかうるっとしてしまいます。

その場面を見ると身体がぽかぽかして、目頭も熱くなる。

その理由がひとつ解けたのは、今回ご紹介する小川糸『あつあつを召し上がれ』の中にありました。


「美味しいものを食べている時が一番幸せなのだ。嫌なこととか、苦しいこととか、その時だけは全部忘れることができる。」(「親父のぶたばら飯」より)


そうか。人が嫌なこととか苦しいことを忘れた表情をしているからか。幸せを感じているからだ。その顔と時間にうるっとしてしまうのです。


💬小川糸さんの読書レポートはコチラからどうぞ。



📚忘れられない人と味。

『あつあつを召し上がれ』

著者:小川糸

出版年:2011年

出版社:新潮社


本作は食にまつわるエピソードが6つ収められた短編集です。


子どもの私の視点でおばあちゃんの好きなものを描いた「バーバのかき氷」、カナダへ出張する恋人と中華街で食べた「親父のぶたばら飯」、10年以上一緒に暮らした男と30代最後の旅行で松茸づくしを食べる「さよなら松茸」、結婚する娘が父に作る最後のおみそ汁「こーちゃんのみそ汁」、愛したショー造さんとパーラーで食べた思い出の味「いとしのハートコロリット」、心中するために選んだパリで食べる「ポルクの晩餐」、父を亡くした母娘が49日に食卓を囲む「季節はずれのきりたんぽ」。


「こーちゃんのみそ汁」は温かい家族の物語で、亡き母の想いや願いを汲み取ると胸を衝きます。しかし父が母にするプロポーズの言葉は、別の見方もできます。(千早茜『しつこくわるい食べもの』の「フリーダム・みそ汁」をぜひ読んでいただきたい。)結婚、夫婦、出産、お父さん、お母さん——そういった言葉から連想するイメージには、時代のフィルターがかかっているのでは?とよぎりました。


小川糸さんらしいと思ったのは「ポルクの晩餐」。

パリを一緒に旅する相手は豚の恋人。憧れの花の都パリで心中しようとするが、お腹が鳴ってしまう。死と生の狭間に食べることがある。食べることは生きるという本能を動かしています。


どの物語も、失われた過去に想いを馳せ、一緒に食べた人との記憶を思い起こす味について描かれています。



あわせてどうぞ




コメント


bottom of page