西洋料理と文明開化|『朝星夜星』を読んで
- 3 日前
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早いもので1学期は終了し、夏休みに入りました。ここでは最初の週末がお祭りで、幸先の良い夏休みのスタートになりました。そして本日はうだるような暑さではなかったので、身体が楽でした。ここ数日かけて読んだ本をご紹介します。朝井まかてさんの『朝星夜星』です。
この本は草野丈吉(1840年 - 1886年)とその妻ゆきの視点から描いた長編歴史小説です。日本における「西洋料理・ホテル業のパイオニア」である丈吉を中心に、登場する偉人も無名の人々も実に多く、その全員が物語を支えています。起伏に富んだ展開は朝の連続テレビ小説(朝ドラ)になりそうな豊かさです。500頁以上ありますが、一旦読み始めると止まらない、どんどん先へ進む作品でした。
📚 文明開化の波の中で生きた草野ゆき
『朝星夜星』
著者:朝井まかて
出版年:2023年
出版社:PHP
西洋料理人として長崎・大阪・京都にレストランやホテルを開業した草野丈吉の妻・ゆきを主人公に据えた、家族の一代記です。
ゆきは肥後(現在の熊本県)の百姓の家に生まれ、12歳の春に奉公に出た女性です。そこで見合いをし、結婚した相手が丈吉でした。丈吉は長崎でオランダ料理(西洋料理)をいち早く提供した料理人で、「自由亭」というレストランを長崎・大阪・京都へと次々に展開し、明治天皇をはじめ時代の要人や海外の主要人物の食事を献じるほどの実力者へと成長していきます。
物語の縦糸となるのは、幕末(1860年代前半)から明治中期(1890年代前半)にかけての激動の時代です。西洋文化が怒涛のように流入し、日本の食・建築・思想が急速に変わっていったこの時代を背景に、丈吉はその波に乗り、時に飲み込まれながら走り続けます。物語には岩崎弥太郎(三菱財閥の創業者)、陸奥宗光(明治の外交官・外務大臣)、五代友厚(大阪経済界の礎を築いた実業家)、後藤象二郎(土佐藩出身の政治家)、明治天皇、そしてロシア皇太子(後のニコライ2世)といった実在の人物も登場し、時代の空気をリアルに伝えます。
しかし著者・朝井まかての筆は、表に出ない彼女の本音を描きます。それは爽快で痛快で、読んでいて面白い箇所でした。丈吉が何でも自分で決めて突進するエネルギッシュな人物である一方、妾の存在など私的な事柄をしれっと内緒にしてしまうような面もあります。ゆきはそれを身体の内に秘めながら、妻・母・御寮人・自由亭のおかみという複数の顔を「本音」を腹に抱えながらやりくりしていきます。
わたしが最も意外だったのは、中盤を過ぎたところで登場したキーワード「サイエンスとアート」でした。視覚に訴え、眼から入る印象で人を喜ばせ楽しませること——それが料理にも通じるという発想は、時代を超えています。また本書は料理人を経営者の視点からも描いており、厨房での采配、給仕の動線、全体を指揮する戦術は、料理の腕とはまた別の才覚が必要だということも伝わってきます。
そして、朝井作品を読み続けてきて初めて浮かんだ疑問があります。ゆきの長女・きんが女児を産み、ゆきがその赤ん坊を慈しむ場面です。孫が可愛くて仕方がないというその感情は、この時代の人々にも共通してあったのか、それとも創作としての願望なのか。
ふと思い出したのは、江戸時代の絵師・長沢蘆雪(1754-1799)のことです。蘆雪は子犬や子どもなど小さく弱いものへの慈しみや愛情を独特の筆致で描きましたが、そうした感情を正面から描いた絵師はほとんどいませんでした。江戸の人々がそれを愛でたにもかかわらず。子どもや幼いものへのまなざしが、いつどのように「描かれるべきもの」として社会に現れてきたのか——小説を読みながら、そんなことをふと考えてしまいました。
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