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2026展覧会レポート#07|アール・デコとモード京都服飾文化研究財団(KCI)コレクションを中心に

  • 1月28日
  • 読了時間: 6分

更新日:2月2日

📍いつもブログを読んでくれてありがとうございます。


某日、三菱一号館美術館で開催されている企画展「アール・デコとモード京都服飾文化研究財団(KCI)コレクションを中心にを鑑賞しました。


この展覧会は、当初は訪れる予定のなかったものです。


しかし、上野で見た展覧会や、現在の自分の制作の方向性、そして「針と糸」という共通項を意識したとき、どうしても見ておく必要があると感じ、足を運びました。


アール・デコという言葉自体はよく知られていますが、今回の展示は、装飾様式としてのアール・デコというよりも、1920年代における女性の身体と衣服の関係が、どのように変化したのかを丁寧に示す内容でした。


💬1月に足を運びたい4展をピックアップ


1920年代アール・デコのモードに宿る「女性の解放」と、名もなきお針子たちの手仕事。展覧会鑑賞から、自身の制作における「針と遅さ」へと思考を接続する制作ノート。
2026年1月|「アール・デコとモード京都服飾文化研究財団(KCI)コレクションを中心に」展|三菱一号館美術館

コルセットからの解放、身体の再定義


展示の大きな軸となっていたのは、「ドレスと身体の関係の変化」です。


それまで女性の身体を締め付け、形作ってきたコルセットからの解放。


ウエストを強調するのではなく、身体のラインを直線的に捉え、自由に動けるシルエットへと移行していく過程が、ドレスを通して可視化されていました。


シャネルやランバンといった、現在も名の知られたブランドが誕生したのも、まさにこの時代です。


彼女たちが提示したのは、「美しく見せる身体」ではなく、

「自由である身体」「新しい美の基準」でした。


▼各ブランドの哲学的な差異

ブランド

デザインの特徴

女性像の提案

ココ・シャネル

ジャージー素材の採用、黒(リトル・ブラック・ドレス)の格上げ。

「働く女性」のための機能性とシックなエレガンス。

ジャンヌ・ランバン

繊細な刺繍、ブルーの多用、「ローブ・ド・スワレ(夜会服)」。

母性的な優雅さと、芸術的な装飾美の融合。

ポール・ポワレ

東洋主義(オリエンタリズム)の影響、鮮やかな色彩。

コルセットからの解放の先駆者。官能的な異国情緒。

マドレーヌ・ヴィオネ

バイアスカットの魔術師。布を斜めに使い、身体に沿わせる。

構築的な美しさ。身体そのものの美しさを礼賛する。



ドレスを支える下着という存在


印象的だったのは、ドレスそのものだけでなく、それを成立させるランジェリーや下着類が丁寧に展示されていた点です。


ストッキング、キャミソール、ショール。


身体を一枚覆うこれらの存在は、今では当たり前のように身につけられていますが、当時においては新しい提案であり、ドレスと同時にライフスタイルそのものを更新するものでした。


流行のドレスは、それ単体では成立しません。


下着という「見えない層」があって初めて、衣服は身体に定着する。

その構造が、展示全体から静かに伝わってきました。



刺繍と手縫いが宿す時間


特注のオートクチュールドレスには、刺繍や手縫いによる装飾がふんだんに施されていました。


近くで見ると、その一針一針に明確な時間の痕跡があります。


また、ヒール部分にまで装飾が施された靴の展示もありました。


ガラスケースの中に置かれたそれらは、もはや履物というよりも、装身具や彫刻のような存在として立ち現れていました。


針と糸による仕事が、ここまで視覚的な豪華さと結びついていること。


その事実は、現在の自分の制作とも静かに重なります。



特権性と、その裏側にあるもの


もちろん、展示されているドレスや靴は、当時の限られた階級の人々のためのものでした。


その華やかさは、誰にでも開かれていたわけではありません。


それでも、この時代の試みが積み重なった結果として、私たちは現在、より自由な衣服を身にまとうことができています。


その連続性を思うと同時に、私はどうしても、これらの服を縫っていた人々の存在に思いを馳せてしまいました。


自分では決して着ることのない服を、ひたすら縫い続けた人々。


オートクチュールの夢の裏側にある、労働や階層、不可視化された手仕事の時間。


この展覧会は、それらを正面から語るものではありません。


むしろ、そうした側面を一度覆い隠し、「夢を見る場」として成立するように設計されていたようにも感じます。



美しさの中に残る問い


非常に美しく、心がときめく展覧会でした。


同時に、その美しさが成立するために排除されてきたもの、見えなくされたものについても、自然と考えさせられます。


針と糸、装飾、身体、自由。


アール・デコの華やかさの背後には、今の私たちの制作や生活にも通じる、複雑な層が確かに存在していました。


1920年代アール・デコのモードに宿る「女性の解放」と、名もなきお針子たちの手仕事。展覧会鑑賞から、自身の制作における「針と遅さ」へと思考を接続する制作ノート。
アール・デコが解放したのは、身体と、針の時間だった。

いま、自分が「針」に立ち止まる理由


アール・デコ期のドレスに宿る自由は、決して一気に獲得されたものではなく、


無数の「ひと針」の反復によって支えられていました。


その針は、装飾である以前に、労働であり、時間であり、祈りでした。


展示を見終えたあと、私の関心は、完成されたフォルムや意匠そのものよりも、


それらを成立させた「遅い行為」へと引き戻されていました。


名もなきミディネット(お針子)たちが、光の裏側で針を動かし続けた時間。


その反復の中にこそ、身体の解放と同時に、別の規律が生まれていたように感じられたのです。


現在の自分の制作においても、同じ問いが立ち上がっています。


描くことが比較的容易に、手早くできてしまうからこそ、あえて「針と糸」という異物を差し込み、制作の速度を落とす。


一枚の絵に向き合う時間を、ほんのわずかに引き延ばす。


それは完成度を高めるためというより、絵が成立するまでの時間そのものを、画面に引き受けさせるための行為です。


100年前、女性たちの自由を縫い留めていた針と、いま自分が画面に差し込む針は、同じ意味を持つわけではありません。


それでも、「手仕事の反復が、不可視のものを可視化する」という点において、確かに一本の線で繋がっている。


この展覧会は、過去の様式を参照する場であると同時に、自分はいま、どのような速度で、どのような針を動かそうとしているのかを、静かに問い返す時間でもありました。


アール・デコとモード京都服飾文化研究財団(KCI)コレクションを中心に

2025/10/11(土)~2026/1/25(日)

三菱一号館美術館

開館時間10:00ー18:00

観覧料:一般2,300円



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