2026展覧会レポート#47|大ゴッホ展 夜のカフェテラス@上野の森美術館
- 7月1日
- 読了時間: 7分
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上野の森美術館「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」を見に行ってきました。
開幕直後から大反響で、混雑は必至の展覧会です。
事前にチケットを購入し、開館から30分後の回を指定しましたが、会場前にはすでに当日券を求める人の列、日時指定の列、チケット確認の列と、三つの列ができていました。
会場に入ると一点一点の絵の前には多くの人がいましたが、鑑賞のための専用の列はとくになく、空いているところから自由に見て回ることができました。
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想像以上の出品点数と、充実した素描
今回、ゴッホの作品はそれほど多くないだろうと思っていましたが、実際には全体の8〜9割がゴッホ作品でした。手元のメモで数えたところ58点はあり、内訳は初期の油彩画から素描(鉛筆・黒チョーク)、水彩画、リトグラフ(1点)です。とりわけ素描の充実ぶりは印象的でした。素描は紙に鉛筆や黒チョークで描くため傷みやすく、なかなか展示される機会がないといわれています。ゴッホの素描をまとまった形で目にするのは、今回がはじめてかもしれません。
「大工の仕事場と洗濯場」——望外の喜び
ぜひ見たいと思っていた《大工の仕事場と洗濯場》(1882年5月下旬)を実際に目にできたのは、望外の喜びでした。キャプションによると、この作品は、1882年に叔父C.M.から風景画の注文を受けた際に制作された作品です。
ゴッホの評伝や画集にも挿図としてよく掲載される、オランダ時代を代表する素描のひとつです。
褐色の目の細かい紙に、俯瞰した風景が描かれています。屋外の空間は壁で仕切られていて、人々は互いの持ち場の外を見ることができない構造になっており、仕切られた箱を、あるいは迷路を上から眺めているような構図です。しかし近景から遠景まで見渡せる広がりがあり、細く繊細な線で人物や建物が丁寧に書き込まれています。図版ではモノクロに変換されてしまいますが、実物は褐色の紙に白でハイライトが入り、画面全体が明るく空気感に満ちています。小さな画面なのに広がりがあって、ずっと見ていられる作品でした。
シーン——ゴッホの手によって存在し続ける人
素描の中でもうひとつ足を止めたのが、「母と子供」と題されたシリーズです。ゴッホがかつて同棲した女性シーン(クラシナ・マリア・フールニック)と、彼女が抱える子供を描いた黒チョークの素描です。
シーンという女性の背景を知ると目が離せなくなり、自分の心情も込みで見てしまいました。当時32歳ですが、もう年老いてやつれています。気力も奪われ、目に力なく、身体もやせ細っている。それでもゴッホはそのやつれを、悲観的なまでに無名な一人の女性の姿を正面から描きました。その結果として、シーンはこの世に忘れられることなく生き続けています。もしゴッホが描かなかったなら、シーンは後世の人の眼には映らなかったでしょうし、シーン自身もこんな形で人目に晒されることは望まなかったかもしれない。
子供や母親のその後はどこか時間の流れに埋没してしまっても、シーンという人間はゴッホの手によって、今もここに存在しています。
重く沈んだオランダ時代から、色彩の爆発へ
会場に入って上階のフロアでは、画面が暗く重く沈んだ油彩画が続きます。
機織り機と織工、農民、針仕事をする人——ゴッホがオランダ時代に出会った光景と、その土地に生きる人々を正面から描き、自分自身もそこに投影し、無私になりぎりぎりのところで描いた作品群です。
下の階へ下りると壁の色が変わり、パリ時代からアルル時代へとつながるフロアになります。マネ、ルノワール、モネ、シスレー、セザンヌ、シニャックなど印象派の作品で一フロアが構成され、最後のフロアには《夜のカフェテラス(フォルム広場)》《バラとシャクヤク》《夕暮時の刈り込まれた柳》《自画像》が並びます。
暗く重い作品を見てきたあとで、この作品群を目にすると、同じ人がここまで色彩を爆発させられるものかと驚きます。しっかりとした素描の鍛錬と、過酷な現実から目を逸らさず自分ごととして正面から向き合い続けた時間が、パリに出て一気に「陽」へと転換されたのだと感じました。振り子が極端なほど反対へ振り切れたのですが、明るく盛り上がる絵の具、発光するような色彩を選びながら、ゴッホが見つめていたのは、生と死、明と暗、孤独と雑踏。そうした二項の境界するところを、激しい明るさで描き切ることだったのではないかと思いました。
そしてゴッホは独学で、素描の基礎を、モチーフへのひたむきな態度を、忍耐と視点を、自ら掴み取りました。だから絵は麻布のキャンバスの薄さをまったく感じさせない、こう描かねばならなかったという圧倒的な画面になっています。人が描いたものでありながら、人が描いたとは思えない、絵とは思えない何かを見たような感覚でした。
《夜のカフェテラス》の前に立つ
《夜のカフェテラス(フォルム広場)》は蛇腹に折れながら進む行列に並んで見ます。
絵を見るより写真を撮ることに時間を使う方が圧倒的に多い場でしたが、それでも絵の正面にほんの一瞬立ち、全体から細部へと視点を動かせただけでも奇跡的でした。
それほど、この絵は輝いていました。崇高さを感じました。もう何か別のものでした。
ゴッホは妹ヴィルへルミーナへの手紙で、《夜のカフェテラス》について「夜の絵なのに黒を使わず、青や紫、緑だけで描いた」と記しています。夜のアルルで、ガス灯に照らされた広場を前に描かれたこの絵を、一番最初にみたであろう弟テオはどんな思いで見つめたのでしょうか。
現代のわたしたちが感じるように受け取ったのだろうか。そんなことを思いながら会場をあとにしました。
クレラー=ミュラー美術館に実際に訪れなくても、上野でこれほどのゴッホを見られるとは思ってもみませんでした。自分だけ見てきてしまったような申し訳なさも感じています。
だからこそ、行くかどうか迷っている方には、ぜひ足を運んでいただきたいです。
子どもたちにも見てほしい美術展です。
チケットは事前に日時指定でご購入くださいね。当日券は朝早くから並ぶ必要があります。猛暑日は外での待機になることも、会場内の混雑もありますが、それでもゴッホの作品を一度は目にしてほしいと、心からそう思います。
第2期もあります!
2026年10月19日からは、第2期「大ゴッホ展 アルルの跳ね橋」が開催されます。約70年ぶりの来日となる《アルルの跳ね橋(ラングロワ橋)》に、こちらも注目です。
【大ゴッホ展 夜のカフェテラス】
会期:2026年5月29日(金) ~ 2026年8月12日(水)
会場:上野の森美術館
開館時間:[日~木曜日] 9:00~17:30[金・土・祝日] 9:00~19:00※入館は閉館の30分前まで
入場料:平日2,800円、土日祝3,000円
🪞会場構成・出品リスト
会場構成と主な作品
第1章 バルビゾン派、ハーグ派
画家としてのゴッホの原点となった二つの画派を紹介。バルビゾン派のミレー《パンを焼く女》(1854年)とハーグ派のヨーゼフ・イスラエルス《ユダヤ人の写本筆記者》(1902年)が出品されます。
第2章 オランダ時代
27歳で画家の道を決意したゴッホが農民の姿を描き続けた時代。
《白い帽子をかぶった女の頭部》(1884〜85年)と、代表作の油彩画に先立って制作されたリトグラフ版《じゃがいもを食べる人々》(1885年4月)のほか、《大工の仕事場と洗濯場》(1882年)などが並びます。
第3章 パリの画家とファン・ゴッホ
ゴッホがパリで交流した印象派・新印象派の作品を紹介。モネ《モネのアトリエ舟》(1874年)、ピサロ《虹、ポントワーズ》(1877年)、ルノワール《カフェにて》(1877年頃)などが出品されます。
第4章 パリ時代
わずか2年で色調も筆触も一変したパリ時代の変化を追う章。《モンマルトルの丘》(1886年4〜5月)、《レストランの室内》(1887年夏)、《自画像》(1887年4〜6月)が代表的な出品作です。
第5章 アルル時代
本展のクライマックス。《夜のカフェテラス(フォルム広場)》(1888年9月16日頃)と《夕暮時の刈り込まれた柳》(1888年3月)で締めくくられます。
💡《夜のカフェテラス》について公式サイトは次のように解説しています。
構図は同時代の街頭風景や浮世絵からのヒントに加え、ゴッホが愛読したモーパッサンの小説『ベラミ』の星空や、1888年6月に地中海で見た夜空から着想を得たと考えられています。
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