2026展覧会レポート#41|ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎の世界@サントリー美術館
- 2 日前
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📍いつもブログを読んでくださりありがとうございます。
会場に入って最初にしたのは、手を探すことでした。
どんな作家を見るときも、まず「手」をどのように描いているかを確かめます。
手全体、指の一本一本、自然さや不自然さ、バランスの良し悪し。
手は細部でありながら、全体のバランスを崩しかねない見逃せない要素です。
技法や表現がいかに卓抜していても、手が全体の中に収まっていなければ、どこかスッと白けてしまう。
これはあくまで私見ですが、鑑賞するときの自分のなかにあるひとつのものさしです。
暁斎の手を見て頷き、「あ、これは信じられる」と思った瞬間、作品への信頼が増し、新たな目を持って第一会場から見てまわりました。

サントリー美術館に訪れるのは、かれこれ10年振りか、あるいはもっとかもしれません。記憶も薄くなり、「こんなだったっけ?」と思い出すにも点と点が結びつかず、初めて訪れる会場のように入りました。
川鍋暁斎とはどんな絵師?
天保2年(1831)、下総国古河(現在の茨城県)に生まれました。7歳の頃から約2年、浮世絵師・歌川国芳に手ほどきを受け、その後、御用絵師の一派である駿河台狩野派で修業を積んだ。人前で即興で絵を描く席画を得意とし、その席画を商業的イベントとして行った書画会にしばしば参加します。
酒好きで、明治3年(1870)の書画会では酔って描いた絵が見咎められ、逮捕・投獄された。翌年に号を「暁斎」と改め、その後も人気絵師として活躍します。
開国後は欧米人にも注目され、英国人建築家のジョサイア・コンドルらが弟子となります。明治22年、59歳で胃がんのため亡くなりました。
「里帰り」した作品たち
出品作品の約6割が日本に里帰りした希少な作品です。
イギリス人コレクターであるイスラエル・ゴールドマンのコレクションを中心にした展覧会だからです。日本美術が海外に渡り、母国に帰ってくることを「里帰り」といいます。
そのような展覧会は、今後いつ見られるか分からないので、注意して見るようにしています。
暁斎は生涯で数千点規模の作品を残したとされ、下絵・画稿・版本を含めれば記念美術館だけで3,300点以上と言われています。その総数はいまだわかっていません。そのうちのひとつであるゴールドマンコレクションは、質・量ともに最高と称されています。
動物と骸骨——暁斎のまなざし
本展で見た「猫又」は、長沢蘆雪の「かわいい」動物たちと対照的です。
蘆雪が小さくて弱いものへの愛おしさ——いまでいえば「ちいかわ」的な感覚——を呼び起こすとすれば、暁斎の動物や生き物へのまなざしはユーモアと風刺をこめた人間社会の縮図のようです。小さき世界を見下ろし、生き物の生涯を感情論ではなく実直に描き表わす態度。
暁斎の筆はあらゆるものを描き出しますが、朦朧体のようにぼかして霞でごまかしたり雰囲気に流されたりせず、線描で物語ります。
暁斎といえば「鴉」。
有名な逸話があります。明治14年(1881年)の「百円鴉」事件です。第2回内国勧業博覧会に出品した《枯木寒鴉図》が事実上の最高賞・妙技二等賞牌を受賞すると、暁斎はこの作品に破格の百円の値段をつけました。周囲から「鴉一匹にその値段は高すぎる」と非難されると、「これは鴉の値段ではなく、長年の画技修行の価である」と言って一切譲りませんでした。これに心意気を感じた榮太樓本舗店主・細田安兵衛が言い値で購入し、暁斎は面目を保ちました。明治14年当時の百円は、現在の価値に換算すると約400万円に相当する大金。この一件以降、「百円鴉」と呼ばれたこの作品が暁斎の画名を高め、狩野派の正統な絵師として世間に認知されるきっかけとなりました。
しかし会場をぐるりと見まわすと、鴉よりはむしろ「骸骨」が暁斎にはふさわしいように思えてきます。「メメント・モリ」に通じる世界観。人が着飾り、洋装になろうとも、中身は変わらない。《地獄大夫と一休》では、美しい着物を着た女性と踊り狂う一休、その調子を取るのは骸骨。三味線を弾き、小さな骸骨が周りを囲む。
骸骨というモチーフが江戸的な諧謔に留まらないのは、現代を生きる私たちがそれをより自分ごととして見ているからかもしれません。
分断、一方的な占領と暴力、戦争、飢餓、難民。
いま世界が直面している現実を前にすると、骸骨ほど、いまここにある危機として視覚に直接訴えてきます。
時代背景が絵の主張する部分を切り取る。暁斎の骸骨が妙に生々しく見えたのは、そのせいだと思いました。
後味のよさ、その正体
暁斎展は、技術と質と量に圧倒されて太刀打ちできないような、殿上人めいた作品ではありませんで。この後味の良さ、小気味の良さは何だろう。痛快とか爽快とか、そんなカラッとした後腐れのない、湿り気のないものが残ります。
日本画は主題も画材もほとんど同じなので、作家が変わっても作品の見え方は変わり映えしないと思っていましたが、少しずつ知るにつれ、作品から漂う気配や空気感、後味や作品の放つ匂いといった見えない要素(主観的なものではあるけれど)によって、作品から見えてくるものがあります。
次へ!日本美術を見に行こう
これまで日本美術をさほど熱心に見てこなかったせいもあり、どの作家も、どの作品も新鮮です。そして毎回の実感ですが、行くとやっぱり来てよかったと思うのです。
暁斎展を出たあと、もう少し日本美術を見続けたいという気持ちが自然に湧いてきました。
そしてその先に今村紫紅がいます。蘆雪→暁斎→観山→紫紅という日本画の系譜を意識しながら探してみると、横浜美術館で「今村紫紅展」が6月中まで開かれていることを知りました。展覧会のタイトルは「日本画の革命児」。その移り変わりを自分の目で追えるのなら、行かない理由はありません。が…どうなるか?
暁斎展は質・量、後味ともにおすすめです。
会期:2026年4月22日[水]~6月21日[日]
前期展示/4月22日[水]~5月18日[月]
後期展示/5月20日[水]~6月21日[日]
会場:サントリー美術館
開館時間:10:00~18:30(金曜日10:00~18:00)※入館は閉館の30分前まで
入場料:1,800円
(🈹相互割:「トワイライト展@三菱一号館美術館」で200円引き、「森英恵展@国立新美術館」で100円引き)
💡巡回展情報
【神戸展】 会期:2026年7月11日(土)〜9月23日(水・祝)
【静岡展】 会期:2026年10月10日(土)〜12月6日(日)
🪞 展覧会について・会場構成(全6章)・ 主要出品作品(すべてイスラエル・ゴールドマン・コレクション)
♦展覧会について
幕末・明治期に活躍し、今なお国内外で高い人気を誇る絵師・河鍋暁斎(1831-89)。手がけた画題は神仏画から戯画、動物画、妖怪画にいたるまで多岐にわたり、いずれの作品にも卓越した画技と機知に富んだ発想が見られます。本展では、世界屈指の暁斎コレクターであるイギリス在住のイスラエル・ゴールドマン氏の所蔵作品から約110点を厳選し、コレクションを代表する肉筆画と版画の名品、および国内の展覧会で初公開となる優品の数々を紹介します。出品作の半数以上が日本初出品となります。
♦会場構成(全6章)
第1章 ゴールドマン・コレクションのスターたち
第2章 けもの
第3章 ひと
第4章 おに
第5章 かみ・ほとけ
第6章 版画の名品
♦主要出品作品(すべてイスラエル・ゴールドマン・コレクション)
作品名 | 形式 | 制作年 | 展示期間 |
地獄太夫と一休 | 一幅 | 明治4〜22年(1871-89) | 通期 |
百鬼夜行図屛風 | 六曲一双 | 明治4〜22年(1871-89) | 通期 |
猫又図 <日本初出品> | 一幅 | 明治4〜22年(1871-89) | 通期 |
蛙の射的場 <日本初出品> | 一幅 | 明治4〜9年(1871-76)頃 | 通期 |
三味線を弾く洋装の骸骨と踊る妖怪 | 一葉 | 明治4〜12年(1871-79) | 通期 |
暁斎絵日記 | 一冊 | 明治15〜16年(1882-83) | 通期(場面替あり) |
大津絵夕立図 <日本初出品> | 一葉 | 文久2年(1862) | 通期 |
酒のツマミに鰹を準備する鬼 <日本初出品> | 一葉 | 慶応元年頃〜明治3年 | 通期 |
竜頭観音図 <日本初出品> | 一幅 | 明治4〜22年(1871-89) | 通期 |
鐘馗騎象図 <日本初出品> | 一幅 | 明治零年代後半(1870年代中頃) | 通期 |
風流蛙大合戦之図 <日本初出品> | 大判錦絵三枚続 | 元治元年(1864)7月 | 前期のみ |
※会期中に展示替えがあります。
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