限界越えもしょっちゅうの毎日が、実は、今まででいちばん遠く遠くに進めるのだ|小川糸『キラキラ共和国』、『椿ノ恋文』を読んで
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小川糸の『ツバキ文具店』の続編2作を読みました。続編がこのように展開するとは、想像していませんでした。そのまま終わっていたら、少しファンタジーというかノスタルジックな物語で完結していたかもしれません。しかし続編は主人公の生活に踏み込み、人間・鳩子を生々しく描き出そうとしていました。登場人物の人生の選択、近い人との距離感、本音と建て前、わかり合うこととわからないことの間——もう少し複雑に描かれていました。本を重ねるたびに、人の想いも見えている外見もわからないものだと思うし、だからこそ本を読む楽しさがあると改めて知ります。
近代文学や美味しいメニューやお菓子もたくさん出てきます。便箋の素材、万年筆の種類やインクの色、タイプライター——物語の小物も心がウキウキするものばかりなのも特徴です。『ツバキ文具店』から『キラキラ共和国』『椿ノ恋文』まで通して読んでみることをおすすめします。そして今のわたしの気分に寄り添うのは『椿ノ恋文』でした。
📚見えない星
『キラキラ共和国』
著者:小川糸
出版年:2017年
出版社:幻冬舎
ツバキ文具店の続編第2弾。前作の登場人物一人ひとりの生活の変化と、鳩子自身の環境・心境の変化、そして代書屋としてさらに無理難題のような依頼を受けながら、人として一回り大きくなる様子が描かれています。
前作は、鳩子と先代との関係や店を引き継いだこと、友人や知人との関係が丁寧に描かれていました。しかしどこか浮世離れしたフシギちゃんのような印象を持ちました。本作は人間・鳩子として、実際の生活に根ざした様子が描かれています。
今回の代書の依頼内容は、感謝やお礼だけではありません。喪中はがきを依頼した夫婦、離縁状を依頼した妻とそれを受け取った夫、文豪を愛した女性、目の見えない少年が依頼した手紙——悲しみ、怒り、不可解な感情も含みながら、依頼者の気持ちを理解しようとすることが描かれています。他者のさまざまな感情になりきって手紙を書くことで、鳩子の字も人としても耕されていくのです。
今回は鳩子自身も、相手に向けて手紙を書きます。感情のままに一気に。下書きもしない、後から読み返しもしない。大事なエキスをすべて逃がさないために。自分の気持ちを整理するために、吐き出すために、あなたに伝えたいために。
時間をかけて練習すれば理想に近づくこともある。しかしある一点を境に集中力が散漫になり、心が乱れると字も乱れる——集中力の見極めが鍵となる極意を、鳩子はQPちゃんに書道を通じて教えていきます。本作で鳩子、ミツロー、QPちゃんとの新しい生活が始まります。先代や妻・美幸さんの魂が、鳩子、ミツローさん、QPちゃんを見守るように、鎌倉の真昼の青空に見えない星となってキラキラと輝きます。
本から溢れる清冽で透明な光の粒が散らばる、まぶしくあたたかな一冊です。
📚身体に切手を貼って飛びまわる
『椿ノ恋文』
著者:小川糸
出版年:2023年
出版社:幻冬舎
ツバキ文具店の続編第3弾。これまでで、一番賑やかです。
文具店で昔ながらの文房具を売りながら手紙を代書する仕事をしている鳩子。前作で結婚し家庭を持ち、2人出産しました(同じ年に出産したため双子ではないが同学年になる)。夫の連れ子QPちゃんは反抗期の真っ只中、高校受験を控える中学三年生になりました。下の子どもたちが小学一年生になったタイミングで代書の仕事に本格的に復帰する手紙から、本作は幕を開けます。
子どもが増えて母になった鳩子の日々は、毎日が忙殺されています。本を読むことが自分を遠くへ連れ出してくれること、たった数時間でも電車に乗って近くの温泉に入る楽しみを見つけます。仕事復帰の焦りと不安も感じながら、スポーツや楽器の世界のように「一日さぼると取り戻すのに3日はかかる」という言葉を思い出すのです。
そんな中、今まで知らなかった先代の一面を知る手紙を受け取ります。先代と妻子ある男性との往復書簡——恋文でした。この恋文をめぐり、鳩子は伊豆大島へ手紙供養をしに小旅行します。反抗期のQPちゃんとの二人旅も兼ねて。
鳩子が子どもという重石を感じる一方で、文学や代書の存在が濃く、比重が重くなるのを感じました。そしてこれまで以上に、依頼者一人ひとりへのおもてなしの心を感じました。依頼者にお出しするお茶とお茶請けのマリアージュ(組み合わせ)が具体的に書かれていて、固有名詞が増えた分だけ、文字から味や匂い、触感や温度、歯ざわりやカップや茶碗の厚みまでも伝わってきます。
飲食物の情報量は増え、国際色も広がり、行動範囲も延びた分、手紙が切手を貼って飛び回れるように、心の中の空想や想いも際限なく行き来できる自由がありました。それは時空さえもろともせず。子どもが増えて一人では抱えきれないことも、限界越えもしょっちゅうの毎日が、実は今まででいちばん遠くへ進める——ということをこの本は教えてくれました。
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