2026展覧会レポート#22|沖潤子「STILL」(KOSAKU KANECHIKA)
- 3月25日
- 読了時間: 6分
更新日:3月31日
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沖潤子の個展「STILL」が、東京・西麻布のギャラリー KOSAKU KANECHIKA で開催されています。
祖母や母から受け継いだ古布に刺繍を重ね、時間と記憶を内包した作品を生み出す沖の世界。本展では最大規模となる新作10点を展示。
針と糸が紡ぐ静かな物語を、会場構成とともにレポートします。
💬展覧会全体への批評はこちらから
💬沖潤子さんの作品にフォーカスしたレポートはこちらから
💬この展示のなかで、特に印象に残ったのは、岡田美佳(1969–)さんと伏木庸平(1985–)さんの作品でした。
KOSAKU KANECHIKAの空間と《柘榴》
「六本木クロッシング2025」展で針と糸の作品を出展した沖潤子さんが、時を同じくして個展を開催していると聞きつけ、足を運びました。
今展で展示される作品はこれまでで最大規模であり、新作10点がすべて2026年制作であることに驚きを隠せません。
会場であるKOSAKU KANECHIKAは天井の高いホワイトキューブで、フロアは二つ。
壁面が四方に広がるメインの空間には大きな作品も伸びやかに展示され、その奥には小さな部屋があります。
この奥の部屋に珍しいのは床の間があること。
日本の住空間における「飾る場所」の原点ともいえるその場に置かれていたのが、
《柘榴》(2025年)です。
黒い箱に収められた小ぶりの作品ですが、ふっくらとした膨らみがあり、果実そのものを思わせます。そして、ハッとするような覚めた赤。
柘榴というより、お手玉のような——祖母や昔の女の子たちのおもちゃを思い起こさせる、手のひらに収まるほどの親密さがありました。床の間という「飾る」ための空間にこの作品が置かれていることで、刺繍という行為が持つ時間軸の深さをあらためて感じました。
刺繍が生む小宇宙
緻密で繊細、細かく複雑な刺繍が施された作品は、サイズの大小にかかわらず、その内部に小宇宙のような、自然界の移ろいを感じさせます。
素材は祖母や母から受け継いだアンティークの古布——リネン、コットン、シルクなど——や骨董市で見つけた衣類が主であり、そこに独自の手刺繍を施し、時には赤い布や和紙、種子などの異素材も組み合わせられています。
古いものと新しい手仕事が重なることで、時や記憶を内包した「生きた」絵画として成立しています。
《anthology》と針山《伝言》
天井から吊るされた《anthology》もまた、忘れがたい作品です。
鉄のフレームで作られた風船のような球体は完全には閉じておらず、内部をのぞかせています。その球体から赤い糸が無数に垂れ、それぞれの先には《伝言》と名付けられた針山が14山。
「六本木クロッシング」では7千個の糸が空間を満たしていましたが、今回は14の針山に無数の針が刺さっています。小さきものの集合体を見せながら、それらを所有し、使ってきた人たちへの鎮魂のような静けさと念が宿っているようです。
多くの人の目に晒されることで、その儀式はより広く目撃され成り立ちます。
これは上野の刺繍展で見た伏木さんの作品とは、異なる印象を持ちます。
伏木さんの作品は人間の身体や臓器を思わせる有機的なものであり、鉄や石といった物体と組み合わせて自立して立つことを志向し、額に入ることを拒んでいました。
対して沖さんの作品は、壁面に平面作品として展示されることを前提に作られています。
鑑賞者の視線の高さに作品が置かれるとき、刺繍と布そのものへの注視を促します。
あえて時間のかかる方法を選び、古布に手仕事を重ねてゆく行為は、沖さん自身が「過去と現在の境界をまたぎながら没入する時間を、この忙しい現代に求める気持ち」から来るものだといいます。その切実さは、作品の表面にある刺繍の痕跡として確かに宿っています。
タイトル作《STILL》
新作10点のなかで、もっとも印象に残るのはやはりタイトル作《STILL》です。
本展のメインビジュアルにもなっているこの作品は、これまでの沖さんの作品の中でも最大規模のもの。風景のような、宇宙のような、あるいは天候のような——何か具体的なものへと近づいていくような物語を持つ作品でした。
見ているうちに、その内側へ引き込まれるような感覚があります。
個展というミニマルで凝縮された空間に、沖さんの作品は余白を十分に取りながら展示されていました。
「六本木クロッシング」では作品数も多く、他の出展者の作品の存在感もあって、1点1点じっくり向き合うことが叶いませんでした。個展では点数が絞られ、壁面の白が作品を際立たせることで、針と糸と布が紡ぐ物語と時間を、ようやく静かに見ることができました。
刺繍が呼び起こす個人的な記憶
そうして眺めながら、わたしは「後悔」をすることになりました。
それは布に対して——洋服として作られた布を処分してしまったことについてです。
子どもたちがまだ小さかったころ、母が布を買ってきてたくさんの洋服を作ってくれました。おくるみも、コートも、帽子も、マフラーも、ズボンもブラウスもワンピースも。
それらがサイズアウトすると、一括処分してしまいました。
沢山の洋服を作った母の時間、作るごとに上達して難しいことへ挑戦していく姿——それらを、洋服を着た子どもも、わたし自身も顧みませんでした。
赤ちゃんから歩き始めるまで、幼稚園に入園するまで、わたしたちは暴風雨のような毎日を必死で生きていたのです。
子どもたちが幼稚園の制服を着るようになり、ランドセルを背負う頃には、母の作った洋服は箪笥からはみ出し、手放してしまいました。
取っておく選択をしなかったことを、悔やむとは思ってもみませんでした。
タイトル「STILL」に込められた意味
個展のタイトル「STILL」には、「静けさ」とともに「未だ、それでもなお」という意味が重なっています。
沖さんは本展のステートメントで、一石を投じた水面に広がる波紋のように、混迷を極める日々のなかで「いよいよ揺るがない決意の静けさ」としてこの言葉を捉えたいと記しています。
針と糸の作品は、絵画以上に私的な空間へ入り込み、記憶を遠くから誘い出すものかもしれません。
【沖潤子「STILL」】
会期:2026年3月7日(土) – 4月18日(土)
会場:KOSAKU KANECHIKA
開館時間:11:00 – 19:00|日・月・祝は休廊
入場料:無料
BASEでは2026年カレンダーやポストカードやドローイング作品を取り扱っています。是非一度ご覧になってみてくださいね。
🌸3月24日更新📝【note:もうひとつのブログ】
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