止まっていた時間を、またまた動かす——アトリエノート①
- 2 日前
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更新日:18 時間前
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6月から再開した針と糸の制作は、今日まで停滞していました。停滞というのは、手を付けずに放置していたことです。何がそうさせたのか、原因はいくつあるでしょう。自覚があるのは更年期という特殊な時期に差し掛かっていること、時間がかかってようやくわかったこともあります。
週一回は美術展に行き作品を見てレポートし、本を読んではレポートを書いてきた時間の中に、自分を肯定することができました。肯定というのとは違うか。迷いや自信の無さ、手を動かしたくなかったことから、自信がついた。自信は、何かをうまくできるとか、突出したものがあるからというのではく。自分のすること、したことに対して持つものです。自信は、パスポートのようなものと考えると腑に落ちます。離陸するときにどうしても必要になる、確実に携帯していなければならないもの。自分がどこの誰かを客観的に証明するもの。
そういう意味でパスポートを無くしてしまったわたしは、それをどこに置き忘れたか、どこで無くしたかを探していたのだと思います。自分を証明するもの、出国するときの身分証明を。
針と糸の制作以前から、絵が描けなくなっていることに気付いていました。自分の制作が頭打ちになり、描けば顔を背けたくなるくらいできたものに嫌悪しました。そのうち手が止まりました。描かずに制作する術として針と糸を持ちました。すると今度は集中できない。忍耐がない。そわそわして落ち着かず、何より楽しめない。針と糸を進める興奮がなかった。
これまで夢中になって、していたこと。楽しんでいたこと。必死になっていたことからも、フェードアウトしていきました。自分が自分ではないような感覚。では誰なのか。それがずっとわかりませんでした。人と会うこともあれば、人と離れたりもしました。自分が自分ではない、という気持ちの悪さ。紛らわすために外に出ることもあれば、内にこもることもありました。
そうしてわたしの中で、ふっと憑き物がとれたと感じた日がありました。
それはほんの2日前です。そして今ようやく針と糸を紡ぎ始めています。
どろりとしているのにプルンとした柔らかさのある血の塊のようなモヤモヤが、ふっとわたしの体内をかすめ、去っていくようでした。諦めだと思う。脱力だと思う。力が入らないのだから。その状態になるまで、力ずくでいました。
再開のゴングというよりは、ひっそりと。自分が誰かは定かではありません。けれどこれまでの自分という感じもしません。
ここに数か月前の状態のまま放置された一枚の紙に施された痕跡。これを読み解き、わたしは私がどこに行こうとしているのかを、真空状態の中で探してみようとおもいます。
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