述べて作らず——絵画を伝えた三人の男たち2026年6月後半の読書から。
- 6月29日
- 読了時間: 6分
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2026年6月後半の読書から、3冊をご紹介します。
今月ご紹介する本は、以前観た美術展に関するものが含まれています。
美術鑑賞がその場限りで終わらず、後からじわじわと興味が広がり点と点がつながる感覚の面白さ。前情報もなく作品を鑑賞して出てきた感想や印象はその時だけのものです。
その後に知ったことや調べたことを照らし合わせながら、もう一度体験を反芻することも二度目の味わいになっています。
また読書を進める中で、暁斎とゴッホの共通点もあるかもしれないと思ってきました。まだ予感なので、言葉にはできないのですが。皆さんが1冊でも面白そうだな、読んでみたいなと興味を持って頂けると嬉しいです。
💬これまでご紹介した本はこちらからご覧ください。
📚 海の向こうを見ていた版元、渡邊庄三郎という男の一生。
『最後の版元 浮世絵再興を夢みた男・渡邊庄三郎』
著者:高木凛
出版年:2013年
出版社:講談社
この本を読む人は誰か
この本を手に取る人は、よほど新版画が好きか、スティーブ・ジョブズのコアなファンではないでしょうか。そうでもない限り、渡邊庄三郎はかなり専門的で地味(と言っていいだろうか)な人物であり、一般的な知名度をほとんど持ちません。その意味で、著者の高木凛さんがこの本を書いてくれたこと自体に、とても感謝しています。
版元から見た新版画の世界
本書は渡邊庄三郎の評伝として書かれながら、渡邊と新版画を志した背景、そして戦友のように普及に努めた画家とのつながりがあって芸術性の高い作品を生み出しました。渡邊庄三郎という版元の視点から川瀬巴水や伊藤深水、樋口五葉や、フィリップ・カラペリやチャールズ・ウィリアム・バートレット、フランク・ロイド・ライト、フェノロサを見渡す新しい地図が手に入った感覚です。
渡邊の故郷である五霞村が、わたしの住む場所から意外にも近く、知っている地名が登場することにローカルな親しみを感じました。その彼が東京へ出て、十代の3年間に英語塾へ通い英語を身につけ、視線を海の向こうへ向けていました。他と違うことをしようとするとき、目線を遠くへ向けること——それはいつの時代も共通しているように思います。
五霞村や東武線沿線に縁のある方へ
浮世絵という木版画の伝統が衰退した後の流れを、渡邊の意志と審美眼、交流関係、海外とのつながりに至るまで丁寧に書いています。展覧会を見た人はもちろん、五霞村や東武線沿線に縁のある方にも、こういう人がいたということが届いてほしい一冊です。
ローカル線で旅するように、一人の男の一生を読んでみてください。
外から見た暁斎ーー具体的な言葉に落とし込み伝統的な分野を可視化した。
📚『川鍋暁斎』
著者:ジョサイア・コンドル 山口静一訳
出版年:2006年
出版社:新潮社文庫
弟子・ジョサイア・コンドル
本書を読む前に、著者であるジョサイア・コンドルについて少し補足します。Josiah Conder(1852–1920)はイギリス出身の建築家で、明治政府の招聘により1877年に来日しました。工部大学校(現在の東京大学工学部の前身)で建築教育を行い、辰野金吾ら多くの日本人建築家を育てたことから「日本近代建築の父」と呼ばれています。1880年代初頭から暁斎の死まで、およそ10年間にわたり師弟関係を続けました。暁斎もコンドルを通じて、西洋人の視点や国際社会との接点を得ました。
見えなかったものを言語化する
本書は、川鍋暁斎という人物を海外の視点から記録した文献です。
画材や画法、技法の実例、署名と印章といった非常に具体的な内容に踏み込み、師の制作と作品がどのように成り立っているかを教えてくれます。伝統に則った分野では「言葉よりも背中で語る」「テキストよりも師を見て学べ」という指導法が多く、外からは見えにくかったものを、コンドルは西洋の水彩画を例えに出しながら丁寧に言語化しています。
とくに興味深く読んだのは第五章「署名と印章」です。コンドルが「暁斎ほど多くの印章を持つ者はいないのではないか」と書いています。署名についても、日本では「楷書」「行書」「草書」の字体があり、署名に用いる書体はなるべくその絵画の体に一致させるとありました。暁斎という人物の背景にある日本画の伝統、画材、画法、技法、署名や印章について新しく知ることが多かったです。
専門的で密度のある内容を求めている方へ
本書の初版は1911年に英語で出版され、現在でも欧米の暁斎研究における基本文献のひとつとされています。専門性が高く、文字も小さい。多くの方が読みやすいと感じるものではないかもしれません。しかし暁斎の作品から一歩進んで、専門的で密度のある内容を求めている方にはぜひ読んでいただきたい一冊です。
📚絵を見る。その初動と直観。
『ゴッホの手紙』
著者:小林秀雄
出版年:2020年
出版社:新潮社文庫
ゴッホ《カラスのいる麦畑》
物語の始まりは昭和22年、小林秀雄が上野の名画展で、ある作品の前にしゃがみこんでしまうほど心を動かされた場面です。その作品はゴッホの《カラスのいる麦畑》。
画家が亡くなる直前に描いた作品でした。ゴッホその人への強烈な好奇心と、作品の圧倒的な存在感に突き動かされるようにして書かれたのがこの本です。
『述べて作らず』
本の構成は、ゴッホの手紙を通じて彼の画業の始まりから終わりまでを辿るというものです。そこに小林自身の視点も入りますが、死期が近づく後半にかけて、小林の声と思考は次第に身をひそめていきます。言葉を最小限にとどめ、ゴッホが手紙に書いたテキスト以外には付け足すことはないと、静かに退いていく。
p.200には「私はもう所謂『述べて作らず』の方法より他にない事を悟った」と書かれています。
ゴッホの手紙はほとんどが弟テオに向けて書かれていますが、その内容はゴッホの告白文です。小林は多くの手紙を引用しながら、その不穏な空気や、ゴッホがその都度選ぶしかなかった判断と直観を、冷静に読み解いていきます。
人が絵を見るときの動機
小林が書いているように、「手紙の終わるところから絵が始まり、絵の終わるところから手紙が始まる」(p.233)。ゴッホの手紙を起点に、小林の眼と言葉は作品との対話へと向かっていく。この本は、人が絵を見るときの初動と直観に触れた一冊でした。
三冊を並べて
版元、弟子、批評家。
三冊の語り手はいずれも、中心にいる人物ではありません。渡邊庄三郎はゴッホや暁斎のような画家ではなく、作品を世に送り出す側の人間でした。コンドルは弟子として師の技法を言語化しようとした外国人建築家でした。小林秀雄は批評家として、ゴッホの手紙を読みながら言葉を最小限に退いていきました。
三者に共通するのは、対象への深い敬意と、それを伝えるための眼です。渡邊は海の向こうを見つめ、コンドルは見えなかったものを言葉に落とし込み、小林は「述べて作らず」と静かに身を引きます。伝えようとする人間の姿勢が、作品や作家の価値をどう後世に届けるかを左右します。3月の読書で取り上げたヨーとシャルロッテの対比が、ここでも根っこを同じにしています。
絵を見ること、作品を知ること、そしてそれを伝えること。
その連鎖の中に、わたしたちの鑑賞も位置づけられているのだと感じた三冊でした。
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